「──何が、どうなってる?」
ガンガンと響く頭を押さえて、ウェイバー・ベルベットは呟いた。
すぐ横には、彼の左腕を枕にして寝息を立てる、名目上のはとこの姿。


──確か、昨夜……

少年は昨夜の様相を思い起こした。
彼のサーヴァントに差し出された液体を、ままよと一気に飲み干した後の、記憶がない。
常ならば決して口をつけないものを、昨夜に限っては確実に冷静さを失っていた。
それもこれもコイツの所為だ、と隣に眠る女性を睨みつけた。
白い肌が目に入る。
ウェイバーは慌てて目を逸らした。

腕の中のは、衣服を身につけている。
つけてはいるが、乱れていた。
ウェイバー・ベルベットの辞書から敢えて俗な言葉を引用するならば、所謂半裸状態。
記憶の中の彼女に、衣服の乱れはない。
─つまり。

「─イヤ、まさか…このボクに限って」
火照る顔を右手で押さえながら、ウェイバーは根拠もなく呟いた。


──がちゃり。

ノックなしに開けられたドア。同時に部屋に広がる、重厚な存在感。
「──ん?起きたか、坊主」
目が合ったサーヴァントは、軽快に朝の挨拶をしてみせた。
はまだ夢の中か。ふむ、相変わらず愛い寝顔をしておる」
ウェイバーの隣を覗き込み、満足げに顎をさするライダー。
溜まらず、ウェイバーは問い掛けた。
「──おい、ライダー…」
「しかし昨夜は中々の余興であったぞ。坊主もやる時はやるではないか」
「へ?」
思わず、素っ頓狂な声を出す。
見直したぞ。などとのたまうライダーが、寝たままのウェイバーの右肩を叩く。
「ちょ、ちょっと待てよ。何のこ…」
「──ん、んー…」
身を起こそうとしたウェイバーの横で、眠っていた女性が身じろぎをした。
ふ、と視線を落とすと、眩しそうに目を開く
「─ん、ウェイバー、くん…?」
「え、あ、わ、そ」

意志に反してどもる口元。
少年の様子に構う事無く、身を起こし、呑気に伸びなどする
「──あ、の。
「うん?」
伏せ目がちに呼び掛けるも、相変わらず呑気な返事が返ってくる。
─馬鹿だ、コイツ。馬鹿決定。
混乱する思考を、取り敢えず脳内で相手を罵る事で保つ。
ウェイバーは右手で顔を抑え、左手で彼女を指差した。
「オマエ!とりあえずどうにかしろよ。その─…か、っこう」
威勢良く言い切るつもりが、語尾が尻すぼみになる。
そこで初めて、は自身の様子を確認した。
「───あ。…ああ、そっか」
何かを思い出したように呟く
納得した風情に、ウェイバーは先程ライダーに聞き掛けた事を思い出した。
「──あのさ」
視線は逸らしたまま問い掛ける。
衣服を正しながら、は何?と朗らかに答えた。
─聞くのが怖い。
が、聞かずに悩み続けるのは不毛で、そんなのはウェイバー・ベルベットの好む合理性に反する事だった。
だから、少年は覚悟を決めた。

「─その、昨夜は……」
「昨夜?──ああ」
言いさしたところで、思い至ったように頷く
「大丈夫、気にしてないから。はとこ同士だし、お酒の席は無礼講でしょ?」

ウェイバーの顔から、血の気が引いた。
微笑む。昨夜の影はなく、すっかり普段の良識ある彼女に戻っている。
その微笑みが、今は痛い。
「─え、とその…」
「私こそゴメンね。家呑みだと、どうにも箍が外れちゃって…ウェイバーくんこそ、怒ってない?」
「いや、ボクは別に、もう…それより、あの」
実験道具を酒盛りに使われた事など、空白の追及に比べれば些細な事だった。
更に問い掛けたウェイバーの言葉を、ライダーの笑い声が遮る。
「二人とも、何を気に病む。皆存分に楽しんだのだから、良いではないか。まこと、愉快な宴であったぞ」
「…そうですね。うん、楽しかったし。ね、ウェイバーくん」
「え?………えぇ…?」
彷徨うウェイバーの手に構う事無く、話は纏まって行く。
うろたえながらも、少年は徐々に悟りつつあった。
─つまり、個人が問題ではないのだ、この場合。

「坊主も意外とイケる口と解ったしな。次からは斟酌せぬぞ」
「…ちょ、っと待て。次って何だよ、次って─」
「また飲もうね、ウェイバーくん」
「だ、誰が二度と付き合うかー!!」


少年の疑問に答える者は誰もなく、結果として、空白の記憶について人知れず悩み続ける事となる。
ウェイバー・ベルベットの教訓、訂正。
─如何な窮地でも、征服王夫妻の酌は受けるな。







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080908