「ウェイバーくん、ちょっと開けて?」
ドア越しに掛けられた声に応じると、両手に何かを抱えたが立っていた。
「はい、洗濯物」
そう言って差し出されたのは、綺麗に畳まれた二人分の衣服。
その一番上に自分の下着を見つけ、ウェイバーはひったくるようにそれらを受け取った。
「わっ…悪い」
「いいよ。ついでだし」
顔を背けたウェイバーと対称的に、朗らかに答える。全く気にしていないようだ。
彼女にとっては身内なのだから当然といえばそうかも知れないが、ウェイバー・ベルベットにとっては他人、それも年頃の女性だ。気も使う。
階下から、彼のサーヴァントの豪快な笑い声が聞こえる。グレン老人との食後の晩酌は、未だ続いているらしい。
騒がしいのはゴメンだ。ウェイバーはに礼を述べ、ドアを閉めようと手を掛けた。
と、何かを見止めたようで、が部屋の中を覗き込んだ。
「─ウェイバーくん、戦車とか好きなの?」
彼女の目線の先は部屋の一角、巨漢のサーヴァントの要望で買い集めた軍事関係の書籍やビデオが散乱しているエリアだった。
「いや、あれは…」
答えようとしたウェイバー。が、階下の大声に遮られる。
ウェイバーは眉を顰め、嘆息すると、を部屋に招き入れた。


「アレは全部アイツの。ボクはあんなのには興味ないよ」
階下からの声はまだ響いていたが、ドアを閉めれば大分マシにはなった。
互いに腰を下ろしたところで答えると、はふうん、と本を一冊手に取った。
しげしげと眺めるに、ウェイバーは首を傾げる。─女性が好むものじゃないよな?
「…は興味あるの?」
人の好みは判らないものだ、とは言っても。訝しげに問うと、んー?と間延びした声が返って来た。
「ううん、私も全然解らないんだけど。アレクセイさんが好きなら、面白いのかなぁって」
僅かに頬を染める様に、ウェイバーは思わず問い掛けていた。
「──あのさ」
「うん?」
「…アイツのどこがいいの?」
ぐるり、とが、本の表紙を見つめていた目をウェイバーに向けた。
「えっ…」
顔が赤い。ウェイバーは遠慮なく呆れ顔を返した。─アレで隠してるつもりだったのか。
「大体知ってるから。─ていうか、別に隠すことでもないだろ?」
まあ自身知る由もない真実を鑑みれば、問題がない事もないというか大アリなのだが、少なくとも一般人アレクセイとして話をすれば、若干の細かい問題はあるにせよ、特別後ろめたい事はないはずだ。
は小さく頷くと、やおら正座して上目遣いにウェイバーを見つめた。

「その…─ごめんなさい」
「は?何で謝るんだ?」
「や…ウェイバーくんはアレクセイさんのお友達だし…」
友達、という響きにウェイバーは思わず渋面となったが、彼女にすればまあ無理からぬ認識だろう。
思わず叫び返したくなるのを抑えて、適当に妥協する事とした。
「別に…ボクとアイツはそんなんじゃない。ただ、まあ色々と都合があって一緒に行動してるだけで」
「そうなんだ」
「そう。─で?友達だったら何がゴメンナサイなんだよ?」
些細な疑問でも解消しなければ気が済まないのが、良くも悪くも彼の癖であった。もっとも、真理を探究する魔術師の在り方を考えれば、そのような癖がつくのも自然の結果と言えなくもない。
少年の視線には少し逡巡し、俯き加減に言葉を紡いだ。
「─ええと、友達としては、やっぱりそれなりの人が相手じゃないと嫌かなぁ、と…」
普段の快活さはどこへ、ボソボソと答える
ウェイバーは内心のイラ立ちを理性で抑えた。
「─別にボクは、他人の好みに口出す趣味なんてないから」
それに、と続けて、一瞬言葉を切る。
「─…オマエだって…それなりだと、思うけど」
面と向かって言う気にはなれず、横を向いて付け足す。
他人を褒めるなんて何の特にもなりはしない。けど、目の前の女性がそんな風に背中を丸める様は、何だか気分が良くなかった。
「───ありがとう」
が控えめに微笑する。気を使ったと思われたらしい。
世辞を言ったつもりなどない…というか、そんな無駄なもの言う気にもなれないのだが、彼女にとってウェイバーが身内という認識である以上、自分が何を言っても無駄なのだろうと少年は悟った。
彼女に影響を与え得るとすれば、それは。

「─
「ん?」
ガラにもない、なんて過ぎった思考を、責任感という感情で塗り潰して。
「─その…アイツに何か…嫌な事されたら、──ボクに言えよ」
「…ウェイバーくん?」
「─アイツがオマエにわざわざ酷い事するとは思わないけどさ。アイツほら、あの通りデリカシーないから。そんなつもりなくてもって事もあるだろうし…もし嫌だと思っても、アイツには言いづらいだろ?ていうか、言っても通じないし」
視線は外したまま、早口でウェイバーは捲し立てた。
「一応、ボクの連れだから。責任あるし…ボクの言う事なら、アイツも少しは聞くと思うから」
あのサーヴァントがマスターである自分の言を素直に聞いた試しなど大してないのだが、それでも幾許かの影響はある筈だ。何より、サーヴァントの不適切な行動を黙って見過ごせる訳などない。だからここまでは、ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットとしての責任の範囲。
─そして、この先は。

「あと──アイツ、言う事成す事無茶苦茶だけど…嘘はつかないから」
らしくないしおらしさを見せる彼女に何かを与えられるとしたら、それは自分じゃなくてあの男で。だったら今自分に出来る事は、彼女より幾分かは付き合いの長い自分が知るアイツの事を、教えてやる事くらいで。
─妃にする、と言ったライダーの声を思い出す。
「─どんなに無茶な事でも、アイツがそうだって言うなら本気でそう思ってるんだろうし、アイツ自身がやるって言った事は、何をどうしたってやると思う。─アイツは、そういう奴だから」
言って、視線を戻すと。
は、目を丸くしてウェイバーを見ていた。
──そして。


「────うん」


笑った、のだ。

それは先程のような微笑でも、いつも見せる屈託のないそれでもなく。
ウェイバーの人生において、自分・他人問わず、このような表情を見たのは初めてだった。
心からの喜びを表すような…─まるで、一生分の幸せを貰ったような笑顔。


そして、理解してしまった。


実を言えば、ライダー自身の口から告げられた後も、ウェイバーには俄かに信じ難いものがあった。
確かに、日がな煎餅齧りながら読書とビデオ鑑賞に明け暮れる、常識外れも甚だしい、むさ苦しい筋肉達磨だけれど、世界を征服しかけた男には違いない。若くして王となり、英雄という座にまで上り詰めたほどの人物。
加えて、人生を楽しまずにはいられないあの性格だ。それは色々な女を見てきただろう。
それほどの男が、何故、一介の一般人にここまで入れ込むのか。
確かに、は器量の良い方だとは思う。が、あくまで一般人のレベルでの話だ。容貌の話だけすれば、セイバーのサーヴァントやアインツベルンのマスターなどの方が、よほど見目麗しい。
器量も人当たりも悪くはないが、それだけの女。ウェイバーの認識ではの評価はその程度だ。だから、かの征服王が執心する理由が解らなかった。

けれど、今、彼女の笑顔を見て、ウェイバーの疑問は解けた。
理屈ではなく感覚で、理解してしまったのだ。

─ああ、アイツが好きそうだな、と。


あの男の前では、彼女はこんな表情が出来る。
あの男は、彼女にこんな表情をさせられる。


「─馬鹿馬鹿しい」
ウェイバーは溜め息を漏らした。またしても自分の気遣いは徒労であったのか、と。
それが安堵から来るものである事を、彼自身気付いてはいない。
「─そんなに興味あるなら、見てけば?ボクの金だから、アイツに気兼ねはいらない」
ビデオテープの山を指差すと、嬉しそうに頷いて、彼女はデッキの電源を入れた。


直後、やって来たライダーによる熱の籠もった解説が繰り広げられ、その晩も少年の安息は奪われる事となるのだが、それはまた別の話。







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ウェイバーは、何だかんだ言って面倒見がいい(というか、口を出さずにはいられない)性分だと思う。
080914