「…いい天気だなあ」
「お、ほんとだ」
独り言のつもりで発したそれに返事があったので振り返ると、ベンチの後ろに立つ石神さんと目が合った。





ある晴れた日





「うまそー」
はっと気がついたときにはもう、それは彼の指に捕らわれていた。
色気も素っ気もない詰め方をした私のお弁当箱から、プレーンの卵焼きが一切れ、消えている。
「ん、んまい」
もぐもぐと咀嚼しながら、いつもの読めない表情で褒め言葉?を発する石神さん。
「…そ、うですか?」
恐る恐る聞いてみる。料理の腕に自信は、はっきり言ってあまり、ない。
「ん?うん。おいしいよ。何で俺がちゃんに嘘つかなきゃなんないの?」
「あ、えーと。なら、いいです。ハイ」

この人は、こういうことを時々さらりと言ってくるから、困る。
傍にいるだけでこんなに、緊張してしまうっていうのに。

「で」
「…はい?」
「何してたの?こんなトコで」
少し屈んで、顔を覗き込んでくる石神さん。
うーわー顔近づけないでーという心の声を押し隠しつつ、お昼食べてました。と私は答える。
それは見たらわかるって。と石神さん。
「なーんでこんなトコで一人で食べてんの?」
その問いに、私は上を見上げる。
青い空に、細長い雲が流れている。
「たまに、外で食べたくなるんです。こんな天気の良い日は、特に」
「ああ」
私の視線の先を追った石神さんは、なるほどねー。と頷いた。
にしたって、何で一人?と聞いてくる石神さんに、
「一人の方が落ち着くというか」
何というか、と答えると、ありゃ。という声が返ってくる。
「俺、邪魔しちゃった?」
「え?いいえ、全く」
即答する。石神さんに限って邪魔なんてこと、あるわけない。
「そ?なら良かった」
そう言って笑う顔は歳相応に頼もしげだけど、どこか幼い面差しを残している。
私はこの人の、この屈託の無い笑顔が好きだ。
どれくらい好きかっていうと、今直ぐ写メって待ち受けにしたいくらい。
もちろん、そんなこと出来ないのだけど。
代わりに、という訳ではないけれど、暫く一緒に、空を眺めた。
「はー、きもちー」
石神さんは、いつの間にか、私の隣に腰掛けていた。
上を向いていて良かった、と私は空に感謝する。
今の顔は、きっと見せられたものじゃないだろうから。


チャイムの音が響いた。昼休憩終了の予鈴だ。
「っと。やべ、そろそろ午後の練習始まるな」
「あ、私も事務所に戻らないと」
腕時計と携帯を各々見て、腰を上げる。
「んじゃ、おべんとごちそうさま。またな」
「はい。午後も頑張って下さいね」
「はいはーい、頑張っちゃうよー」
軽い調子で答えた後、あ、そうだ。と石神さんがポケットに手を突っ込んだ。
「お礼っちゃなんだけど、これあげる」
そう言って渡されたのは、個包装のチョコチップクッキーが2枚。
「わ、ありがとうございます。どうしたんですかこれ」
「さっき、世良が持ってたから分けて貰った」
そういって笑う石神さんの笑顔はやっぱり屈託がなかったけれど、多分正しくは奪ってきた、かくすねてきた、なんだろうなあ、と私はちょっとだけ苦笑した。
「あ、でも2枚…」
「ん?それ好きでしょ?ちゃん」
「は、まあ、好きですけど」
「そーいうこと」
つまりどういうことなのかはいまいち分からなかったけれど、石神さんは後ろ手にひらひらと片手を振って、練習場の方へ駆け足で去っていってしまった。
「…私も、戻らないと」
暫くその後姿を見送っていたけれどはたと我に帰り、少し早足でオフィスの方へと戻る。


─ポケットの中にはビスケットが…


ビスケットじゃなくてクッキーだし、1つじゃなくて初めから2枚だけれど、頭の片隅をそんな歌が過ぎった。

事務所の手前の廊下で、達海さんとすれ違った。軽く頭を下げる。
「ん?どうしたの、お前」
「え?」
顔を上げると、達海さんはこちらを指差して、
「耳まで真っ赤」
そう指摘した。
「えっ」
思わず頬を押さえる。熱い。
私はいつから、こんな顔してたんだろう。
「熱でもあんの?」
怪訝そうな達海さんに全力で頭を下げる。
「あ、あのえっと、せ、洗面所行ってきます!!」
「ん?お、おー」
超高速で冷やさないと、こんな顔で事務所になんて戻れない。
バタバタと廊下を小走りに駆ける途中、卵焼きを頬張った彼の笑顔が思い起こされたけど、強く頭を振ってかき消した。

手には2枚のクッキー。
まだ仄かに、あの人の体温が残ってる、ような気がした。







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120113