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「んじゃ、乾杯ー」
「お疲れ様です」
居酒屋のカウンター席で、生中のジョッキをカチンと合わせる。
ごくごくといい音を立てて、ビールが喉を通って行く。
横を見ると、彼女のグラスも一口で同じくらい減っていて、意外とイケる口なんだ、などと新発見。
いや、呑めるってこと自体は有里ちゃんから聞いてたんだけど。
「おでん居酒屋って、何だか赤提灯みたいですね」
メニューを見ながら、弾んだ声で彼女が言う。
ここもさっきの定食屋みたいに、たまたま見つけたんだけどね、と答えると、彼女は心底感心したようにわあ、と声を上げた。

しばらくして、ビールと一緒にオーダーしたおでん盛りが運ばれてきた。
「おいしそー」
レイちゃん、好きなの取りな。俺何でも食うし」
「えっじゃあ、白はんぺんもらっていいですか!」
「いいよ」
おでんを前に子供のようにはしゃぐ彼女を見て、俺は思わず笑みを零す。
店内は週末ということもあってか賑やかで、周りの声にかき消されないように、俺たちは身を寄せて会話した。
ふと、レイちゃんの視線が俺の頭の上に固定された。
「石神さんって、綺麗な黒髪ですよね」
思わぬ褒め言葉に、一瞬ぽかんとしてしまうが、直ぐに、そう?と返す。
「その髪、あまり弄ってないですよね。セットとかしてるんですか?」
はは、と俺は思わず笑う。
「ん、適当」
「適当、ですか」
復唱する彼女に、いやね、と補足する。
「確かに髪に気使ってる奴多いけどさ、俺はあんまそういうのどっちでもいいっていうか」
「夏木さんとか、すごいですよね」
「ああ、あれね。ジーノに『髪型だけアフリカ系』とか言われて凹んでた」
「王子酷いですね!」
言葉とは裏腹に、レイちゃんは口元に手を当てて大笑いする。
ひでえよなー、と俺も釣られて笑った。
「ジーノといえばさ」
ふと、ジーノと初めて会った頃のことを思い出して口にする。
レイちゃんが、興味深げにこっちを見た。
「あいつ、なんかキャラすごいじゃん?」
ああはい、とレイちゃんが頷く。漫画のキャラみたいですよね、と。
「そう。だから俺、最初の頃さ、あれ絶対キャラ作りしてんだと思ってたわけ」
ふんふん、と黙って耳を傾けるレイちゃん。
「でもあれさ、素なんだよなー」
「………ああ……」
大きく頷いて、自分も分かったときはびっくりしました。と彼女。
「俺も。これ俺的にETU三大ビックリの一つ」
へえ、と彼女が笑う。
「王子の髪って、サラッサラですよね」
「だなー。かなり気使ってるだろうね、あれは」
「肌も綺麗だし」
心なし悔しそうに零す彼女。
「そういうの、気になんの?やっぱり」
「まあ…気にしても仕方はないんですけど、多少は」
そして、じっと俺の顔を見つめてくる。
珍しい展開におっと思いつつも、平静を装ってどした?と聞いてみる。
「いや…石神さんて肌、焼けないですよね」
「え、そんな話?」
「大事ですよ」
内心肩透かしを食らった俺に、真面目に返すレイちゃん。
んー、と俺は頬を掻いた。
「元々、焼けにくいんだよな。焼けても赤くなるだけで直ぐ戻っちまうし」
腕まくりをしてみせると、彼女はむう、と俺の腕を凝視し、それからまた、俺の顔に視線を戻した。
反応の一々を眺めていると、唐突に、彼女の腕が俺の頭部へと伸びてきた。

どきりとしたのは一瞬だけで、彼女の細い手は、俺の髪をわしわしとかき混ぜてきた。
「お?何、どしたの」
「…妬ましいです」
「妬ましいて」
「だって適当とか言いながら髪こんな綺麗だし、肌も白いし!」
女が日焼けにどれだけ気を遣ってるのか知ってますか!?と絡むように詰め寄るレイちゃん。
日焼け対策の苦労はともかく、髪については俺なんかに嫉妬することないくらい、彼女は充分綺麗なんだけども。女心は難しい。
ていうかもしかしてこれは絡み酒か?とよく見ると、彼女はほんのりと頬が赤く、瞼も若干だけどとろんとしている。
そういえば俺に合わせてか何なのか、割といいペースで飲んでたよなあ、と気づく。
「いやーちょっとレイちゃん、髪ぐちゃぐちゃになっちゃうって」
「駄目ですー、いつものお返しですっ」
乗り出すような姿勢で俺の頭を触り続けるレイちゃん。
なんか距離近いけどいいのかなーまあいいだろーと思いながら、されるがままになる俺。
しかしこれだけ近いと、香水じゃない淡い香りがするとか白い首筋が顕になってたりとか、どうどう、と制する俺の手に触れそうな胸元に否がおうにも目が行ってしまったりとか、そのなんだ、まだここでは色々とまずい。
石神さんも一応男なので、でもって酒も入ってるわけで、にもかかわらずここじゃ人前どころの騒ぎではなくて、まあその、なんだ。

「んじゃ、お返しのお返し」
とりあえず色々を誤魔化すために、彼女の柔らかい髪をかき混ぜる。
「ううう、そのまたお返しですっ」
「んじゃまたお返しのお返しー」
傍から見たら大層なバカップルなこと請け合いなんだろうと思いつつも、手は止まらない。
レイちゃんがこんなにムキになってるとこを見るのは初めてで、マズイことにすっごく可愛い。

どれくらいそうしていたのか、ふとレイちゃんの動きが止まったかと思うと、彼女はふうと息を吐いてストンと腰を落とした。
「…何やってるんでしょうね」
「ここまでしといて!?」
自嘲気味な呟きに、思わず全力でツッコミを入れる。
彼女はこちらに視線を戻すと、へらりと照れ臭そうに笑った。
思わず、そのまま抱き締めてしまいそうになるのを、なけなしの理性で抑え込んだ。
「そろそろ、出る?」
「あ、はい」
時計を見ればいい時間で、さりげなく切り出すと彼女は素直に頷いた。



レイちゃんさー」
足元の若干覚束ない彼女の手を取って、のんびりと夜道を歩く。
ふにゃ、と彼女が寝惚けているような声を発した。
視線をその顔に落とす。レイちゃんは、じっとこちらを見上げていた。
「…俺以外の男の前で、そんな顔見せちゃ駄目だよ?」
いまいち分かっていないのか、彼女が首を傾げる。
「うーん、まあいいか」
彼女の手を少し強めに握り直して、また歩き出す。
─俺が目離さなきゃいいんだしな。
そう思ったところで、彼女が俺の名を呼んだ。
「石神さん、石神さん」
「何ー?」
「今日も引率のお兄さんなんですか?」
その声は無垢そのもので、これで俺より年上なんてマジで嘘だろって思う。
「そうですよ。レイちゃん、ちゃんと歩けてないからね。今日は家の前まで送ってくよー」
そう言うと、いつもと違い、レイちゃんは、お手数おかけします。と言って俺の手を握り返してきた。

─オイオイ、そういうことしちゃうわけ?

幾ら何でも無防備過ぎやしないか、と思ったが、先ずはこのお嬢さんを送り届けてからだなー、と頭は妙に冷静だった。
夜の冷気のお陰だろうか。

「そういえば」
少し酔いが醒めてきたのか、幾分しっかりした声で彼女が切り出す。
「ETU三大ビックリの、残りの2つって何ですか?」
思わず苦笑する。
女の子の話題には脈絡がないとはよく言うけれど、この子は普段しっかりして見える癖に、素になるとこんなに天真爛漫なんだなあ。
「もう一つはね、コシさんに元アイドルの奥さんがいること」
「ああ、そういえばそうなんですよね」
「あのコシさんがどうやって口説き落としたんだろって、考えるとビックリじゃね?」
そうですか?と彼女は返す。
「あれ、意外でもない?」
「うーん、村越さんてカッコイイじゃないですか」
まあ、それは確かに。
「だねえ」
「だからその、仮に言葉とか不器用だったとしても、あんな素敵な人に好意を寄せられたら、それだけで嬉しいんじゃないかなーって」
そう言って、レイちゃんは満面の笑顔で俺を見上げる。
「………」
思わず、彼女の鼻先をツンとつついた。
「ん、何ですか?」
「いやー、何でも?」
強いて言えば、つつきやすい位置にあったからね、と俺は誤魔化す。
そんな俺の嘘に気づかず、彼女は軽くむくれてみせる。
─だって、さ。
俺と手繋いで歩いてんのに他の男褒めるとか、あんまりないなーって、思っちゃうでしょ。


そうこうしているうちに、レイちゃんの住むアパートの階下に着いた。
ここまででいいです、という彼女を制して、手を引いて階段を上がる。
「ここまで送ってきて、階段で転ばれちゃ俺、馬鹿みたいじゃん」
「…う、すみません」
彼女の酔いはもう殆ど醒めていて、俺がここまでしなくても多分一人で部屋まで戻れるんだろう。けど─
─ああ。
酔ってるのは、俺の方かも知れない。

「あ、ここです、私の部屋」
「お、そっか。じゃあここまでな」
2階の角部屋の前で、足を止める。
彼女が、ありがとうございました、と頭を下げた。
いいって、と手を振ってみせる。
「………」
「?」
と、彼女がこちらを見上げていた。
どうしたのかと思っていると、
「今日もとっても楽しかったです。石神さん、ホントに優しいですよね」
そう言って、彼女は可愛らしい笑顔をこちらへ向けた。
「え、そう?」
メシに誘っただけじゃん?と言うと、彼女はふるふると首を振り、
「毎回、送って頂いて。しかも今日は部屋まで」
「いやーだって、なんか危なっかしかったしなあ」
苦笑すると、彼女は、
「紳士ですよね、石神さん」
悪気の全くない笑顔で、見当外れも甚だしいことを言った。
「そ?」
「はい」
─即答かよ。
この状況でそれは褒め言葉じゃないって、わかんないわけ…あるかも知れない、レイちゃんなら。
俺は軽く溜め息を吐いた。
「あ」
何かを思い出したように、彼女が声を発した。
「何?」
「ETU三大ビックリの最後の一つ、まだ聞いてなかったなって」
「ああ」
俺は軽く笑う。
「ナイショ」
「え?」
彼女が目を丸くする。
ま、このくらいは許されるでしょ。
実際、このムードで言える内容じゃないし。
「そのうちね」
そう言うと、彼女は、はあ、と曖昧に返事をした。
「じゃ、おやすみ。ちゃんと着替えて寝るんですよ」
おどけて言うと、彼女は笑顔で、おやすみなさい。と言って部屋に入っていった。




「………はー」
彼女の部屋を後にして、俺は盛大な溜め息を吐いた。
多分、3回のデートで一番デッカイ溜め息だ。
「やっぱり、いい人止まりなのかねえ」
口に出すと虚しさが倍増する。
俺はもう一度はあ、と息を吐いた。
「…下心なんて、あるに決まってんだろー」
小声で呟いて、路上の小石を蹴った。
それともあそこで、コーヒーの一杯でも飲ませてよ、とかさらりと言えてたら、何かが違ってたんだろうか。
一瞬だけ考えて、直ぐに頭から追い出す。
済んだことを嘆いてもしゃーない。

「締め切りがあるわけでなし…とも、言ってられなくなったかな?これは」

ここらがそろそろ勝負どころかね、なんて思いながら、姿勢を戻して帰路に着いた。








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