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「お、こっちはイモかー」
ジャガイモを洗っていた手を止めて海莉が振り返ると、ジャージの腕を捲った石神が覗き込んでいた。
「石神さん」
ビラ配りに行ってたんじゃ、と聞くと、何が嬉しいのか石神は笑顔で蛇口をひねり手を洗い始めた。
「もう終わったよ。だからこっちのお手伝い」
海莉は厨房を見渡した。
有里は忙しなく動き回っており、買い物部隊だった若手組は、食堂のオバちゃんに叱咤されながら慣れない手つきで野菜と格闘している。
丁度、仕込みが半分終わったかというところで、確かに人手はあって困るものではない。
「皮剥く?」
手を洗い終えた石神が問う。
「あ、はい。じゃあお願いします…えっと」
海莉は調理台の上を確認した。
まな板が一枚と、包丁が一本。
彼女は女性だからと一人で分担を任せられたところで、それ以外の道具はない。
「道具借りてこよっか?」
若手の方を指さして石神が言う。
ピーラーはほぼ全て、調理経験の乏しい彼らの手にわたっていた。
が、海莉は軽く首を横に振る。
「もう刃物はないんですよ」
「あれま」
「─だから」
少し困った顔をした石神の前に、海莉がスプーンを差し出す。
ん?と首を捻る石神。
「味見…は、まだだよな?流石に」
違いますよ、と海莉が苦笑する。
「これは、こうやって」
そうして、スプーンの縁を使って、ジャガイモの表面を軽く擦る。
皮が細かい屑になり、白いジャガイモの身が顕になる。
「おー、すげー。何それ」
「これだったら、包丁より早いし、ピーラーほど厚く剥かないから身も多く残るし」
ハイ、と持っていたジャガイモとスプーンを石神に渡す海莉。
そして自分は、包丁を片手に別のジャガイモの皮剥きを始めた。
「うお、すげえなこれ」
スプーンで皮をこそげ取りながら、石神が感心したように言う。
簡単でしょ?と、海莉が手元から目を離さずに答える。
「レイちゃんすげー。何でこんなワザ知ってんの」
「いつだったか、テレビで見て、それで」
ほー、と声を発しながらも、手は動かす石神。
「あ、芽は後でまとめて取っちゃいますから。置いといて下さい」
「はいよー」
周りが騒がしい中、ぽつぽつと言葉を交わしながらも、二人は着々と作業を進めていった。
「よいしょーっと。これで全部かね」
最後の一個を剥き終わり、石神が海莉の方へと手渡しする。
ありがとうございます、と海莉。
「助かりました、石神さん手際いいから」
「いやいや、レイちゃんほどじゃ」
「私より多く剥いた人が言いますか」
苦笑すると、そうだっけ?と石神は瞬きをした。
「そうなんですよー」
包丁で芽を繰り抜きながら、海莉がのんびりと答える。
「それはホラ、これのお陰だって」
石神が、スプーンをひらひらと振る。
「あ、それ洗って置いてくれますか?ついでにそのボウルも。切ったもの入れてくので」
「はい、浅木先生」
「何ですか、それ」
「だって家庭科の先生みたいじゃん?その格好」
ボウルを洗いながら、割烹着姿の海莉を見て石神が言う。
「学生の頃の調理実習以来ですねー、この格好」
先生はとりあえず置いておくとして、と海莉は笑った。
「中々似合ってんじゃん」
からかう風でもない石神の物言いに、それはどうも。と海莉が苦笑する。
「レイちゃん?俺、今普通に褒めたんだけども」
「あはは。食堂のオバちゃんぶりが板についてます?」
笑うと、そうじゃなくて。と石神が少し顔を寄せる。
「?」
海莉が手を止めて、石神の方を見る。
石神はぽん、と海莉の頭に手を置いて、
「こういう格好も可愛いな、レイちゃんは」
いつものように笑顔で、さらりと言った。
「…それ、褒め言葉なんですか?」
目線を手元に戻した海莉が、包丁を動かしながら訝しげに応じる。
「絶賛ですよ。レイちゃんかわいい」
「ちょっとガミさんー、手空いてるならこれ運んで下さいよー!」
上機嫌な石神の声は、しかし目ざとい若手の声に紛れてしまった。
「はいはいー、今行くよー。じゃ、レイちゃんまた後でね」
「はい、ありがとうございました」
軽く頭を下げると、去り際の石神の手が、下げた海莉の頭を軽く撫でていった。
「ガミさんずりーっスよ、海莉さん手伝うフリしてサボるとか」
「人聞き悪ィこと言うなー。俺ちゃんと手伝ってたもん、レイちゃんのこと」
「うわ…最後の部分強調したよこの人」
「むしろ俺ら手伝って下さいよ」
「え、何で」
「サイアクだ!女の人しか手伝わないとか!」
「お前らと一緒にするなー。俺はあくまで『レイちゃんを』手伝った。ここ重要な。テストに出るから」
「いや…意味分かんないっス」
「こーら、口動かす暇あるなら手動かして!」
騒ぐ彼らを、オバちゃんの声が一喝する。
賑やかなムードの中、カレーパーティーの準備は着々と進められていく。
海莉はその一角の様子に思わず笑みを零した。
「ジャガイモ終わりましたー」
「はいありがとー!じゃあ次こっちお願いー」
オバちゃんらの作業に海莉が加わる。
それを見て、石神がぽつりと零す。
「なあ、これお前らだけで十分じゃね?」
「は?何でスかガミさん」
「いや、あっちいいなーって…」
「ちょっとー!?」
海莉を嬉しそうに見やる石神を咎める後輩の声に、冗談だって。と石神は笑った。
ふふ、と野菜を炒めていた海莉が笑みを零した。
「どうかした?海莉さん」
有里が尋ねる。海莉が微笑で返す。
「ううん。楽しいなって」
その言葉に、動き回っていた有里は思わず肩の力をストンと抜き、
「─ま、そうですね」
そう言って、グラウンドの方を向いて苦笑気味に目を細めた。
+++
カレーパーティに参加したいなあって思ったんです。
120125