「有里ちゃん、世良くんの怪我、どうだった?」
医務室から戻ってきた達海と有里を見かけるや、待っていたとでも言うようにラウンジにいたが呼び止めた。
「軽い捻挫です。1週間くらいですって」
有里が応じる。
そっかー、と胸を撫で下ろす。
「何、心配してくれてたの?」
の手元のいちご牛乳に目を落としつつ、達海が問う。
それはそうですよ、と。
「ウチの大事なFWに何かあったら大変」
そうそう、と有里が頷く。
が多少なりともサッカーを理解し始めたのが、心底嬉しそうだ。
クラブハウスの職員でありながら、はサッカーに関してはまるで素人だ。
それでも勤めているのは、欠員が出たところを有里に誘われたのと、子供の頃に有里と観に行ったETUの試合が、脳裏のどこかにこびりついていたからだった。
「チィーッス」
やたら威勢の良い声に振り向くと、時の人が笑顔でひょこひょこと歩いてくる。
「おう世良、凹んでんじゃなかったの」
「そっ…ンなことないっス!元気っス」
図星を指された顔を直ぐに隠して、怪我も直ぐに直して見せますから!と意気込む世良。
その調子なら心配ないな、と達海が笑う。
「あ、有里さん、さんも、チッス」
「こんにちは」
「世良くん、お疲れ」
頭を下げる世良に、二人して返事を返す。
「あっ、私そろそろ行かないと。じゃあねさん、世良くん!達海さん、さっきの書類明日までね!」
「うーい」
腕時計を見た有里が、慌ててオフィスの方へと戻っていく。
が飲むいちご牛乳のパックがぺこ、と音を立てた。
「いいなあそれ。俺にも頂戴」
「そこにありますから自分で買って下さいよ」
すげなく自販機を指さす。
ケチー、と口を尖らせる達海。
「あ、そうださん」
世良が口を挟む。
なあに、と言うと、開封済みのジャパンリーグチップスを差し出された。
「これ、あげるっス」
「え、世良くんのおやつじゃないの?」
「もう食わないっス!」
毅然と言い放つ世良。
首を傾げるに、捲くし立てるように世良は言葉を継いだ。
「俺もう怪我とかしたくないし、もっと上手くなりたいし、だから体調管理もちゃんとするんス」
おお、と感心するに、だからこれあげます、とポテトチップを差し出す世良。
それを受け取りながら、は柔らかく微笑んだ。
「世良くんは偉いね」
「い…一応、プロっすから!」
褒められた子供のように胸を張る世良。
は目を細めた。
「そうだよね。プロ。うん、プロなんだよね…偉いよ世良くん」
「ほ、ホントッスか」
「うん、偉い偉い」
嬉しそうに聞いてくる世良は、まるで耳と尻尾がついているかのような錯覚さえ起こさせる。
は優しく、世良の少し癖のある髪を撫でた。
「う、わ…」
世良の頬が染まる。
可愛いなあ、とは微笑んだ。
「でもさー、それどうせ堺辺りの受け売りだろ?」
ガコン、と自販機からコーヒー牛乳を取り出した達海が口を挟む。
ゲっと世良が漏らす。
「な、何で!」
「さっき、堺がテラスの方歩いてくの見えたし」
世良が来た方角を指さす達海。
ぐ、と世良が言葉に詰まる。
「う…スンマセンっす。監督の言う通りです…」
に謝るように、肩をがっくりと落とす世良。
ニヒー、と達海がいたずら成功とでも言うように笑った。
ぽん、と。
下を向いた世良の頭に、優しく手が添えられた。
「でも、堺さんに言われて、ちゃんと自分で、変わろうって思ったんでしょ?だから偉いよ、世良くんは」
上を向いた世良と、微笑むの視線が合う。
「ほ…ホントッスか、さん」
「うん、努力してる人は立派だよ」
そうして、世良が顔を上げたのを確認すると、は手を離し。
「世良くんはきっと、これからもっとすごい選手になるんだろうね」
お世辞ではなく本心からの笑顔を向けて、そう言った。
「…ハイ!俺、もっともっと頑張るっス!だからさん、見てて下さい!」
そう言った世良の目を見て、キラキラしてるなあ、とはまた微笑んだ。
「うん、見てる」
「!!」
「頑張ってね、世良くん。応援してるから」
「っ……はい!頑張るっス!あざーっす!」
ぺこり、と勢い良くお辞儀する世良。
そのまま、二人の横を鼻歌交じりに通り過ぎていく。
「あんま甘やかすなよー」
達海が苦笑する。
そんなんじゃないですよ、とは柔らかな笑みで返した。
「……ッシ!」
たちから離れた後、世良は一人ガッツポーズを作った。
「早速一個、いいことあったー!」
「うるさいよ、世良くん!」
廊下の真ん中で拳を振り上げ歓喜する世良に、フロントからの怒号が響いた。
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世良くんかわいいです。
120118