そのとき、
ゴールを決めた彼の周りだけが、比喩なんかじゃなく、ほんとうに、
キラキラと輝いて見えた。
輝く君へ
「肩、痛む?」
まだ取材陣の残るロビーを横目に、通用口から外へ出る。
「普通にしてる分には平気っスよ」
肩を貸す、という申し出に笑顔で首を横に振った世良くんは、先程までの興奮も冷め、いつもの明るい口調で、蹴られてない方の腕でガッツポーズを作ってみせた。
少しホッとして、未だ僅かに汗ばんだ彼の右手を軽く取って、待たせてある車へ向かう。
「え、ちょ、さん」
「ん。早く診てもらお?」
歩きながら振り向くと、世良くんは汗のひいた顔をまた赤くしていた。
「お、俺歩けますから」
「うん。知ってるけど、大事な身体だから」
後部座席のドアを開けて、世良くんを中へ促す。
少し落ち着かない様子で左側に彼が座ったのを確認して、私も続いて乗り込んだ。
じゃあ、行きますね。という運転手の言葉に頷くと、車は緩やかに病院へ向けて発進した。
「─…あ、の」
夜の国道を走る車の中、世良くんが遠慮がちに口を開いた。
そちらを向けば、恐縮したような、まだ少し赤い顔の世良くんがこちらを見ていて。
「ありがとうございます。付き添って貰って」
ペコリ、と頭を下げる世良くん。
何だか微笑ましくて、つい笑みを零した。
「世良くんは律儀だね」
「そ、っスか?」
「私だって一応フロントの一人なんだから、そんなの当たり前なのに」
「…でも、さん今日、仕事じゃないんスよね」
伺うように、上目遣いに世良くんの大きな目がこちらを覗き込む。
広報でも用具係でもない私が、試合についていくことは基本的にない。
だから今夜、ETU対大阪ガンナーズのホームゲームを、私は個人的に観戦に来ていた。
肩を負傷した世良くんの付き添い役をしているのは、有里ちゃんや後藤さんはじめスタッフが皆手一杯だったところに、都合良く私がいたから。
サッカーのことは実のところ、未だに分かっているとはとてもじゃないけど言えない。
ルールだって知らないことだらけだし、最近ようやくポジションと基本的な布陣の幾つかを覚えたところだ。
だけど、選手の皆─勿論、監督や有里ちゃんやフロント陣も─が頑張ってるところは、出来るだけ近くで見ていたい。
─ルールなんて知らなくてもいいから、スタジアムに来てみて。
そう熱く誘ってくれたのは有里ちゃんで、私は二つ返事で勿論、と頷いた。
そして、今日。
「…さん?」
キョトンとした顔の世良くんを見て、先程のあの場面を思い出す。
まだ鮮明に瞼の裏にこびりついている、あの鮮やかな時間。
「─今日、スタジアムに来て良かった」
「え…」
隣で目を丸くしている世良くんが眩しくて、私は目を細めた。
「本当に、来て良かった。私、サッカー詳しくないけど、皆がすっごく頑張ってて、ホントにとっても面白い試合だったのだけは、ちゃんと分かったから」
そう言って微笑むと、世良くんの表情がパっと笑顔になった。
「ほ、ホントっスか!」
「うん。皆かっこ良かったし…何より」
「う、わ」
世良くんの頭にポンと手を置くと、彼は驚いたように目をパチパチとさせた。
「─最後のシュート。世良くんが、一番かっこ良かったよ」
世良くんは、しぱしぱと瞬きをして。
「……マ…マジっスか、さん」
「うん」
マン・オブ・ザ・マッチだと言うのに、私に褒められるのも喜んでくれるのか、心なし声が震えている世良くんの頭を、そのまま優しく撫でた。
「あのとき、ね」
世良くんは、嫌がる訳でもなく、そのまま私を見つめていた。
「世良くんの周りだけキラキラしてて……見てて、すごくドキドキしたの」
そう言うと、世良くんは大きな目を更に大きく見開いて、小さな声でさん、と私の名を呟いた。
「──っしゃああ!!」
「あ、こら、怪我人があんまり動かない」
両手で思いっ切りガッツポーズを作って叫んだ世良くんの右肩を、そっと引き戻す。
再びこっちを向いた世良くんは、紅潮した頬で目一杯の笑顔を見せてくれた。
「俺、頑張った甲斐がありましたーっ!……って、わわっ」
勢い良く下げた世良くんの頭を、肩に響かないようにそっと引き寄せて、自分の左肩に寄りかからせた。
「うん。大変よく頑張りました」
病院に着くまで、大人しくしてようね?と、柔らかい彼のくせ毛を撫でると、
「──ッス!」
肩に乗った世良くんの頭から、元気のいい返事が返ってきた。
+++
120218