「…え?ちゃんが、見合い?」
思わず出た間抜けな声に、有里はこくりと頷いた。
お見合いパニック/舞台裏
「先方の面子立てて、代打で顔出すだけでいいからってことで、さんもOKしたらしいんだけど」
詳しく聞かせろ、と詰め寄る俺に、有里は少し躊躇いを見せたが、俺の目を見ると何かを納得したように頷き、整理途中の書類片手に空き部屋へ入れてくれた。
「ホントかよ?それ」
「うーん、それがね」
有里の言い方に引っかかるものを感じ、疑いの眼差しを向けると、有里もあっさりと言葉を継いだ。
「─…うし。こんなモンかな」
自室の姿見の前に立ち、自分の格好を隅々までチェックする。
慌てて新調したスーツは意外と馴染んでいる、ように見える。手前味噌かも知れないが。
「いいのいいの。こういうのは自信が大事なんだから」
言い聞かせるように一人ごちる。
「…っと」
ネクタイが少し曲がっているのを見つけ、慌てて直す。
「持つべきものは、話の分かるフロントだねえ」
呟きながら、俺は数日前の有里との会話を思い出していた。
─実はその小母さんの話、小耳に挟んだんだけど…
「どうも、さんが聞いてる話が方便で、小母さんの方は結構本気らしいんですよね」
「え…それって」
思わず聞き返すと、有里はうん、と少し眉を寄せて頷いた。
「小母さん自身は、今回のお見合いでさんと相手をくっつける気満々みたい」
ガツンと、頭を殴られたような衝撃が走った。
ちゃんとは、結構気さくに話す仲だ。
少し人見知りの気がある彼女がETUに来たときから、時間をかけて距離を縮めた、と自負してる。
『丹さんて、シスコン気質っすよね』
同い年ながら(未だにそうは見えないんだけど)、チームメイトにそう言われるくらいには目をかけてて、妹のように可愛がっているのは事実。
「…妹、か」
ネクタイを締め直しながら、ぽつりと零す。
─初めは、マジでそう思ってたんだけどな。
丹波さん、とくすぐったそうに笑う彼女の顔が浮かんだ。
「…やっぱ、駄目だ」
改めて、口に出す。
鏡の中の自分は、試合前のような顔をしていた。
有里から話を聞いた後の俺の行動は、我ながら早かった。
ちゃんを心配しつつも、口を出すべきか逡巡している有里に詰め寄ると、一歩引いた有里に構わず俺は言った。
「有里、協力してくんねえかな」
話も聞かず頷いた有里は、半分は俺の勢いに押されてたんだと思う。
少々大人気ないことをしたかな、と思わなくもない。
クソ忙しそうな有里を無理やり巻き込んで、ちゃんの見合い相手を俺に差し替えるよう根回しさせるとか。
今度何でも好きなモン奢るから、と心の中で感謝を述べる。(いや実際にあの場でそう言って拝み倒したんだけど)
(─…本当は)
少し前までの自分を思い出す。
徐々に惹かれていく気持ちにそのうち自分を騙すことが出来なくなって、それでも、丹波さん、と親しげに話しかけてくる彼女を前に、それを口にすることは出来なくて。
意中の相手がいないのは知っていたけれど、きっといつかはこの子にもそういう相手が出来て。
そのとき俺は笑顔で応援出来るだろうか、とか考えても、結局俺の心ン中はどっちつかずのままで。
─彼女が幸せに笑えるんなら、俺は諦めても構わない。
そんな、善人ぶった言い訳を自分に言い聞かせて、ここまで来た…んだけれど。
「─…はー……ごめんちゃん、俺やっぱ無理だったわ」
苦笑混じりに吐露すると、今直ぐ抱き締めたいくらいに可愛らしく着飾った目の前の彼女は、目を白黒させて俺をじっと見つめている。
こちらから繋いだ手は、未だそのままで、動揺する彼女の熱が、手のひらから、指先から、伝わる。
「……たんばさん…あの、今の、って」
少し震える声で、確かめるように問いかける彼女。
俺は、空いてる手で、もう片方の彼女の手を取った。
向い合って、両手を繋ぎ合った格好の俺たちは、傍から見たら少しばかり間抜けな絵面だろうか。
そんなことどうでもいいや、と真っ赤になったちゃんに視線を落とす。
少し潤んだ瞳を、じっと見て、ああやっぱり、と自分の気持ちを再確認する。
「ちゃんが好きだ」
彼女が、大きく目を見開く。
「ぽっと出の、どこの馬の骨とも知れないヤツになんて渡したくなくて、無理言って今日ここに来た。─…や、ごめん。ホントは…誰にも、渡したくない」
「…丹波さん…え、で、でも」
そんなこと今まで一言も、とでも言いたそうな彼女の様子に、微笑ましくって顔がニヤけてしまいそうになるのを堪えて、出来る限り真面目な顔を作って、俺は続けた。
─最後までちゃんと伝えなきゃ、ここまで来た意味がない。
「─そりゃ確かに最初は、妹が出来たみたいだなって感じだったけどさ」
彼女の手を握る力を少し強める。
「えーと…いつからかな。まあ多分、今ちゃんが思ってるよりかは結構前?から。─好きだよ。ずっと、好きだった」
ちゃんは、黙って最後まで俺の言葉を聞いてくれたけれど、顔はますます赤みを増して、最後の方は開きかけた唇をぱくぱくとさせていた。
すげえ可愛い。
─じゃ、なくって。
心の中で、自分に喝を入れる。
ちゃんの手を片方離して、セットが崩れないように注意しながら、後頭部をそっと撫でた。
未だポカンとしている彼女を安心させるように、普段通りのテンションに戻してニッと笑ってみせる。
「そんな緊張すんなよ。返事は急がないから。な?」
撫でながらそう言うと、彼女はようやく少しだけ、肩の力を抜いた。
「は…、は………い」
絞り出された返事に、頭をポンポンとしてやると、少し顔色の戻った彼女が、上目遣いに伺うように俺を見上げた。
俺は笑みを溢しつつ、横に並んで手を繋ぎ直し、彼女の背中を軽く押した。
「んじゃ折角だし、なんか美味いモンでも食って帰るか!」
ビックリさせたお詫びに、何でも好きなもの奢るから。と言えば、彼女はようやく、普段に近い笑顔を見せた。
+++
丹さん目線で、事の裏側をご説明。
もう少し続きます。
121022