ってさ、何でウチに来たの?」
自他共に認める天才軍師・竹中半兵衛は、芝生に寝転がった姿勢のまま、隣に腰を下ろす女性に問うた。
唐突な質問に首を傾げる彼女の瞳を、深く覗き込むようにして半兵衛は続けた。
「豊臣に来る前は、確か武田にいたんだよね?」
「そうですよ」
簡潔に頷く。半兵衛は、天を仰ぎくるくると指を回す動作をした。
「左近殿の誘いで…って訳でもなさそうだし」
ちらり、とを伺い見る。
「違いますよ」
は小さく苦笑した。
「わたしはわたし自身の意思に従って、豊臣にお仕えしているまでです」

ふうん、と半兵衛が思案気に鼻を鳴らした。
その様子を見て、それとも、とは言葉を継いだ。
「半兵衛様は、流れの忍などを抱えるのは反対ですか?」
「まさか」
否定の分節は、意外にも早く返ってきた。
には俺の傍に居て貰わないと。何たって、長篠のときから目を付けてたんだから」

が竹中半兵衛と初めて会ったのは、長篠の合戦場であった。
武田軍に仕える忍として戦場を駆けていたところ、織田方の両軍師の片割れと称される男をその目で見た。
直接に刃を交える機会はなかった。
だが、武田が壊滅状態にまで追い詰められたのは彼の策あってのことだというのは、戦況を見ただけのにも容易に理解できた。
そして。
が、竹中半兵衛という男に興味を抱いたのも、このときであった。


「──でしたら」
人差し指を唇にあて、目線を上に向けて思案するように言葉を紡ぐ。
ややあって、唇に当てていた人差し指で半兵衛のそれにそっと触れて。
「わたしたちは、両想いということになりますね」
優しい声音で、柔らかくは微笑んだ。

がゆっくりと三つ、数えるほどの間。
半兵衛は、きょとんとした表情で、猫のように丸い瞳を何度も瞬かせた。

やがて。
「───ははっ」
ゆっくりと起き上がると、半兵衛はくつくつと肩を揺らした。
そして、そりゃいいや、とそれは楽しそうに笑った。
つくづく笑顔が似合う御仁だなあ、などとが心の中で呟くと。
「でも」
半兵衛が、上目づかいに大きな瞳をに向けた。
「俺、単純だから、本気にしちゃうよ?」
普段より幾分低い声で発せられた、言葉に。
「いいですよ。半兵衛様なら」
は、やはり柔らかな笑みで応えるのだった。


「歓談中、失礼」
ふと、頭上に差した影。
聞き慣れた声に半兵衛が見上げると、相棒の黒田官兵衛が相変わらず読めぬ表情で立っていた。
「どうしたの、官兵衛殿……って、あ」
「さしもの卿にあっても、流石に忘れてはいなかったらしい。重畳」
口元を押さえる半兵衛に、無表情のままその首根っこを摘んで立たせる官兵衛。
「御苦労であった」
そうして、隣の女性に労いの言葉を掛ける。
いいえーと笑って答える忍。
その、たった一往復のやり取りで、半兵衛に何事かを思い至らせるのは容易だったらしく。
「──なあんだあ」
つまんないの、と半兵衛はボリボリと後ろ頭を掻いた。
自分のサボり癖に業を煮やしたのだろう相棒殿は、知らぬ間にお目付役まで用意していたらしい。
行くぞ、と官兵衛が促す。軍議の時間が迫っていた。
はいはい、と着物についた草を払う半兵衛。
「俺、結構本気だったんだけどなー?」
むくれたように、を睨む。
そうなんですか、と涼やかな声が答える。
読めないなあ、と聞こえない程度の声で、半兵衛。
人のことを言える自分ではないが、さすがに忍というものは一筋縄ではいかぬかと、そう思ったとき。
「そうだ、半兵衛様」
声が追い掛けたので、振り返る。

半兵衛がいつも見る、あの笑顔で。
「わたし、嘘はつきませんから」
豊臣お抱えの忍であるところの彼女は、さっぱりと言い放った。





─余談─
「何を熱心に思案している、半兵衛」
「やられっぱなしは性に合わないからねー。返り討ちの策をちょっと」
主語を抜いて語られた言葉に、ああそうか、と官兵衛は一瞬、愉しげに口元を歪め。
「卿のあのような表情、中々見物であった」
ガタリ、と半兵衛が頬杖から滑り落ちかける。
「アレに見せれば、さぞ喜んだであろうな」
嫌な笑みを浮かべる官兵衛。
「ホンット、性格悪いよね、官兵衛殿ってさ!」
ぷいと横を向いた半兵衛の耳元は、昼間のあのときの如く、仄かに赤く染まっていた。








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意外と不意打ちに弱い半兵衛…とか。
本気云々は勿論、戦力としての話。
110322