「でね、幸村さまがこれがもう、ちょーニブチンなの!」
「あー、何かわかる」
羽柴家庭園の一角。
木陰に隠れるようにして、3人の女が顔を突き合わせていた。
「でもさー、アンタは相手がいるだけまだいいじゃない」
「そういうモンですかのー?」
漫才めいたやり取りをするのは北条軍きっての戦姫・甲斐姫と、真田軍お抱えのくのいちである。
そんな2人の会話に、は笑顔で相槌を打っていた。
ちゃん、さっきから首を振るばかりだけど、オヌシも人事ではないのぞえ」
びし、とくのいちがの鼻先に指を突き付ける。
「え、わたし?」
きょとん、とが瞬きすると、くのいちと甲斐姫は揃って頷いた。
「聞けばあの童顔天才軍師さまと、ただならぬ仲というじゃーありませんか」
うりうり、とくのいちが肘で突付く。
えぇ、とは声を漏らした。
「何で半兵衛様…?」
本気かそれとも空とぼけているのか。くのいちと甲斐姫は大仰にため息を吐いた。

「俺が、何だって?」
びくり、と肩を揺らしたのは二人である。
は涼しい顔で振り返り、半兵衛様、といつもの調子で応えた。
、おねね様が呼んでるよ」
腰を屈めて告げると、ハイと立ち上がる
半兵衛が残る2人に目線を投げると、あははは…と自称乙女らは目線を泳がせた。
「くのちゃん、相変わらず可愛い顔してるね」
にっこりと、一見害のない笑顔でそう言うと、変なこと言わないでください、と頬を染めてむくれる。
「あはは。じゃあね」
くるりと踵を返すと、小柄な軍師はお抱えの忍を連れてその場を去った。
「え、ちょ、あたしには何もナシ!?それっておかしくない?」
そんな甲斐姫の声が、聞こえたとかなんとか。


「半兵衛様は、あの子を気に入ってらっしゃるんですね」
微笑ましいものを見たとでも言いたげに、が問うと。
「くのいちのこと?ないない」
意外にもあっさりと、半兵衛は手をひらひらと振った。
「挨拶みたいなものでしょ、ああいうのは」
「半兵衛様は、女泣かせですねえ」
苦笑交じりに答えると、俺が?と心底意外そうな表情をする。
どこまで本気か判別はつかないが、この軍師のこういった表情の変化を見ているのが、には楽しかった。

「…?」
ふと、下から覗き込まれた視線に、が首を傾げると。
は可愛いって言うより、美人系だよね」
真顔で半兵衛が言い放つものだから、思わずは足を止めた。
また知らぬ顔で歩を進めた半兵衛は、隣についてこない忍に気付き、立ち止まって振り返る。
?」
どうしたの、と問うと、ようやく我に返ったように、が小走りに駆け寄った。
「すみません」
「いやいいけどさ。どうかしたの」
「いえ。ただ、言われ慣れないもので」
そういって苦笑すると、今度は半兵衛が瞬きをする。
「ええ?そんなことないでしょ」
現に、子飼いの将らが彼女の容姿を褒めていたのを耳にしたこともある。
「あるんですよ」
今度は笑って、
珍しいことを言う、と半兵衛は思った。
彼女がここまで言うからには、あながち嘘でもないのだろう。
だが、己に関する噂を耳にしたことがない筈はない。何と言っても彼女は忍だ。
そこまで考えて、半兵衛は思い至る。
彼女は忍である。
それ故に、逆に不要な情報は頭に入れないのだろう。
なるほどね、と小さく呟く半兵衛。
すると、が柔らかい笑顔で軽く頭を下げた。

「そんなこと言って下さるのは、半兵衛様くらいです」

ふうん、と半兵衛は鼻を鳴らした。
後ろ頭に手を組み、軽快に歩みを進める。
「じゃあ、また言ってあげるよ。いつでもさ」
「いえそんな。わたしのことなどどうぞお構いなく」
「構うよー。だって、面白いし」
「…お褒め頂いたと解釈しておきます」
苦笑するが、半兵衛は知らぬ顔で屋敷へと向かうばかり。
この人が楽しそうならそれでいいかと、は微笑を漏らすのだった。








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半兵衛的には、多分面白いおもちゃを見つけたくらいの感覚だと思う。
110323