「官兵衛殿ー。休憩しよーよ、きゅーけー」
畳にごろん、と転がり足をばたつかせるのは、羽柴家きっての天才軍師、竹中半兵衛である。
「ほらー、そろそろおやつの時間だしさ」
昼食を摂ってから3時間ほど過ぎた頃合いだった。
確かに小腹が空く時間ではあるが、呼ばれた彼の相棒、黒田官兵衛は、卿は子供か?と一蹴した。
半兵衛はぷうと頬を膨らまし、だらしなく畳に寝そべった。

「失礼します」
そんなところにかけられた声に顔を上げると、が部屋の入口に立っていた。
「どうしたの、。ま、入って入って」
サボる口実を見つけたとばかりに、半兵衛は身体を起こして手招きした。
忍は、では、と静かに部屋に入り、半兵衛と官兵衛の間あたりに正座した。
「お二人とも、甘いものはお嫌いじゃなかったですよね?」
言いながら取り出したのは、手の平に収まるくらいの巾着袋。
筆を止めて振り返った官兵衛の前に、はそれを差し出した。
「飴か」
簡潔に見たままを問う官兵衛。はハイ、と頷いた。
「ちょっと城下まで行ってきたので…お土産というほどのものではありませんが」
半兵衛がの背後から覗き見る。
口の開いた巾着袋の中には、色とりどりのびいだまのような丸い珠が見えた。
「頭を使うと、糖分が不足しがちになると言いますし」
如何ですか?と更に差し出す
官兵衛はふむ、と筆を置くと、
「有り難く頂戴しよう」
そう言って、の差し出した袋から、飴を一粒取って口に入れた。
「あっ俺ねー、その黄色のがいい!」
の肩越しに、半兵衛が覗き込んで指をさす。
官兵衛は既に背を向け、職務の続きに取り掛かっていた。
「はい、どうぞ」
が巾着袋を差し出すと。
「…半兵衛様?」
半兵衛は、鳥の雛よろしく口を開けていた。

「──あの」
「食べさせてよ」
何事かを問う間もなく、要望が振りかかる。
からの答えはない。
半兵衛はにっと笑うと、彼女の肩を叩こうと、身を更に起こした。
「なーんてね。じょうだ…」
冗談だ、と言いさした半兵衛の唇に、黄色の飴が触れた。
流れで、そのままそれを口に含む半兵衛。
きょとんとこちらを見る軍師に、はどうしましたか、と問うた。
「いや、ホントにしてくれるとは…」
「しろと仰ったのは半兵衛様ですが」
半兵衛は口の中で飴を転がしながら、後ろ頭を掻いた。
はといえば、丁寧に巾着袋の紐を結んでいる。
これはこれで面白くないとは言わないが、期待していた反応とは若干ならず乖離している。

「それでは、執務の邪魔になるといけませんので、私はこれで」
立ち上がろうとしたの手を、半兵衛がそっと掴んだ。
「何か?」
「そういえばさ」
不思議がって目の前の軍師を見ると、何かを思いついたような眼でこちらを見ている。
この軍師がこういう表情をするときは、大概碌なことを考えていない─は経験則で知っていた。
構わず腰を上げようとするが、男の力には敵わず、中腰のまま半兵衛と向きあう形となった。
半兵衛はにっこりと笑うと、
「俺も、甘味持ってたんだよねー」
そう言って袖口から取り出したのは、飴とさして変わらぬ大きさの、砂糖をまぶした寒天であった。
これも色とりどりのものがあり、秀吉の好物らしくねねが時折皆に配っている。
「…そうですか」
嫌な予感を感じつつも、は相槌を打った。
「これ、にあげるよ」
片方の手での腕を掴んだまま、もう片方の手で器用に包装を解きつつ、半兵衛が言う。
「いえそんな、勿体無い…」
「いーからいーから」

忍としてはまことに情けない話では、あるのだが。
気付いたときには、“それ”はの口に入れられていた。

「──…半兵衛様」
きっちり咀嚼し、飲み込んでから、目の前の男に少し低い声を投げかける。
半兵衛は知らぬ顔で、何?などとのたまった。
「少々、お行儀が悪いのではないかと」
苦言を呈すると。
だってやったじゃない」
お礼だよ、と楽しそうに半兵衛。
「忍に礼など不要です。命じたのは半兵衛様ではありませんか」
「俺が言ったから?」
「それ以外に何がおありなのかと」
ふうん、と鼻を鳴らす半兵衛。

敗因を敢えて、挙げるならば。
この男の行動だけは、いまいち読み切れないのだ─忍の嗅覚をもってしても。

「でも、さ」
半兵衛が、悪戯っぽい目をに向けた。
今度は何が飛んでくるかと、身構える間もなく。
「俺、“お願い”はしたけど、“命じ”てはいないんだよね」
「!!」

今度こそ、悪戯が成功したとばかりに半兵衛が笑い声を上げる。
当のは、『用向きが済んだなら、失礼します』と、逃げるように去っていったのだが、
「ね、ね、官兵衛殿。見た?」
「……気が済んだなら執務に戻れ、半兵衛」
耳元が赤くなった彼女の新しい一面を見られただけで、今日の収穫としては上々、と半兵衛は甘い飴を転がした。







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半兵衛が持ってたのは寒天ゼリーと言って、四角い寒天に砂糖をまぶしたお菓子です。
普通に売ってます。知ってる人いるのかしら…
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