「──来るか。サービス」
閉じた祠の扉の前に一人立ち、人影の視えぬ前方を見据えて、ジャンは呟いた。




───ジャン…

「─戦うの?…青の一族の、人たちと」
そっと、抱き合った腕を離したが、ジャンに問うたのは、ついさっきのことだった。
ジャンは、の瞳を見下ろした。
必死に戸惑いを隠し、何かを己自身に言い聞かせているような表情。
(─頃合い、か…)
ジャンは、空を仰ぎ、一瞬だけ目を閉じた。

「──。よく聞いてくれ」
やがて、の髪をそっと撫で、ジャンは口を開いた。
「シンタローがここへ来る。パプワ様と共に」

の瞳が、大きく見開かれた。

しかし直ぐに、その唇をきゅっと横に結び、は再び、ジャンを見つめた。
「……それって──あ…」
ジャンが、の髪に触れた手をそのまま、己の方へと引き寄せた。
の顔が、ジャンの胸元に埋まる。
「そんな顔するなヨ」
吐き出した声は、情けない響きになってはいなかっただろうか。
顔を見られないように彼女の視界を隠したまま、ジャンは努めて軽快に語りかけた。
「─戦うわけじゃ、ない」
が、顔を上げようと首を動かした。
その小さな頭を、自身の心臓に押し付けるようにして、ジャンが阻む。
規則的な鼓動が、の耳に響いた。
「……どういう、こと…?」
ぽつり、と。
聞き分けの良い子供のように大人しくジャンに身を預けたが、囁くように問うた。
ジャンは、その艶やかな黒髪を優しく撫でた。
「─先に、秘石のところへ戻っていてくれないか」
が、瞬きをしたのが、微かな音で分かった。
ジャンは、を離し、瞬きを繰り返す彼女と向き合った。
「───ジャン」
呟くように、発せられた呼びかけ。
その一言だけで、彼には十分だった。
ジャンが、に笑顔を向ける。
(──あれ…)
ほんの僅かな違和感。
彼の笑顔が、先程や今まで向けられたそれらと、少し、違って見えて。
「大丈夫。直ぐに俺も後を追うから。─すべきことが済んだら」
違和感を紐解く前に、ジャンの言葉が被せられる。
「……ジャン…?」
問い詰める代わりに、名前を呼んだ。
ジャンは、一歩から離れ、祠に背を向ける格好になった。
彼の横顔を見上げたけれど、高さと降り注ぐ陽の光のために、その表情は見えない。
顔を、から背けたまま。
ジャンがやがて、前方に視線を向けた。
ようやく見えたその瞳は──決意を秘めた男のものだった。
ジャンが、その口を開く。
「─俺には、果たさなければならない決着が残っている」




「──サービス。──…
二つの名を呟いて、開いた両の手のひらに目線を落とす。
まだ、柔らかな感触と温もりの余韻が残っていた。

永く、離れることなく傍に居て。
気の遠くなるような年月を、共に過ごして。
何度も、生まれ変わる彼女を、見送っては出迎えて。

そんな風に生きてきた二人が、あんな風に抱き合ったのはあれが、初めてのことで。

ジャンは、開いた両手をそっと握った。
ずっと焦がれてきた温もりを、まるでそこに閉じ込めるように。


─シンタローがここへ来る。


その名を口にしたときの、彼女の顔を思い出す。
抱き合ったときの、縋るような彼女の腕の温もりを思い出す。
それはどちらも、紛れも無い彼女自身で。

「ちょっと目ェ離した隙に……こんなことになるなんて、な」
自嘲気味に呟く。
それは彼女に向けた言葉であったが、同時に己自身にも当てはまることで。

「ずっと……いつまでも、二人だけだと思ってたんだ─」
小声で吐き出した呟きは、木々を揺らす風が攫って行った。


「──…来たか」
大気の流れが変わり、複数の足音が近づいてくる。
ジャンは顔を上げ、両足で大地を踏みしめた。
近づいてきた人影が、姿を表す。
自分と同じ姿の男が、黒い瞳を驚愕に見開いた。
懐かしい顔が、困惑と恐れの入り混じった表情でジャンを見つめている。
「まさ…か!」
高松が、ジャンの初めて見るような顔で震える声を搾り出した。
ジャンは表情を変えぬまま、その一歩を踏み出した。
無二の親友が、絶望とも取れる貌でこちらを見つめている。
ジャンは、その美しい瞳を正面に見据え、口を開いた。

「最後の番人は俺だ!」







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