─15分後─
「これを…オラ達に?」
東北ミヤギが、弁当包みとを交互に指差して問う。
「お口に合えばいいんですけど…」
ごくり、とミヤギが唾を飲む。
「わあっ良かったっちゃねミヤギくん!久しぶりのマトモな食事だっちゃ…ぶッ」
肩越しに覗き込んだトットリの口を、ミヤギの平手が容赦なく塞ぐ。
「だまされっでねえ!この女子ぉ、シンタローの手先かもしんねえべ!?」
「ミヤギくぅん。そげに疑うのはちゃんに失礼だっちゃよ」
「いいや、オラは騙されねえべ」
「意地っ張りなんだから、ミヤギくんは…」
溜め息を吐くと、トットリは、正座して二人のやり取りを聞いていたに頭を下げた。
「堪忍して欲しいわいや。ミヤギくんも本心じゃない…」
「トーットリぃ…」
「ミヤギくん!」
なおも食い下がるミヤギを一喝するトットリ。
「僕らぁが植物にされてたとき、ちゃんが何してくれよったか、忘れた訳じゃあらせんわいや?」
う、と言葉に詰まるミヤギ。
「…それは」
ちらり、とを見る。
彼らがパプワハウスの前に『植物』として居た頃、毎日朝晩の水やりをしてくれたのは他ならぬだ。
そして水をやりながら、その日にあった出来事などを話しかけてくれたのも彼女だ。
だから彼女の声も姿も、ミヤギたちにとっては、ある意味シンタローよりも馴染みの深いものだ。
ミヤギは、少しだけバツの悪そうに肩を竦めた。
は少し困ったように微笑し、そして言葉を選ぶように応えた。
「あの、食べられないものは入っていませんから…味は、その、あまり自信はありませんけど…不味くはない、です。多分」
─ぐきゅるー。
ミヤギの腹から、情けない音が響いた。
トットリが、ホラ、と肘で小突く。
更に数秒の逡巡。
やがて、根負けしたミヤギは、の手から弁当包みを受け取った。
「…頂くべ」
の顔が、ぱっと明るさを帯びた。
「─ハイ!」
それはまるで、無邪気な子供のような、嘘偽りのない笑顔であったから。
ミヤギは一瞬だけ面食らい、そして、狼狽を隠すように少しだけその視線を逸らした。
「まったく、ミヤギくんたら…」
苦笑しつつトットリが洩らす。
そして、に向かい、ありがとうだっちゃ。と頭を下げた。
「あっ、トットリさんにはこれも…」
「僕に?」
は自分の背後から、風呂敷包みを取り出した。
先程の弁当よりも一回り大きい、黒地の風呂敷。
その、風呂敷包みを見た瞬間。
「…ッ師匠ぉぉぉお!?」
ずざざざ、と、正確には風呂敷包みから遠ざかるトットリ。
弁当に手をつけようとしているミヤギの後ろに隠れ、肩越しに覗き込む。
先程と違い、幽霊に怯える子供のような仕草であった。
「どうしたべ、トットリ?」
不思議そうにミヤギが尋ねる。
トットリは大きく首を横に振った。
「ああああああれは駄目だっちゃ!それはッそれだけは勘弁だわいやああぁぁぁあ…」
その後もぶつぶつと何かを拒絶する言葉を吐き続けるトットリ。
とミヤギは顔を見合わせ、頭上にクエスチョンマークを浮かべた。
よく耳を傾ければ、毒が入っているに違いないだの、生きた蛇は勘弁だのといった言葉が断片的に聞こえてきた。
「あ、あの、そんなことないと思いますよ?」
が声を掛けても、トットリはぶんぶんと首を横に振るばかり。
「師匠のくれるモノが何の変哲もないなんてこと、天地がひっくり返ってもあるわけないわいや!」
一体どんな師弟だったのだろう、と再び顔を見合わせるとミヤギ。
幾ら宥めすかしてみても、トットリは頑として首を縦に振らない。
「仕方ないべ。オラが預かっから、おめは家さ戻れ」
「…じゃあ、お願いします」
先程と立場が逆転し、からトットリ宛の包みを受け取るミヤギ。
「おかしなものは入っていない…と思うんですけど」
「まあ、オラもそう思うけんど」
太陽の位置を確かめれば、そろそろシンタロー達が起きてくる頃合いだった。
「じゃあ…私はこれで」
「ん」
ぺこり、と頭を下げて去って行こうとする。
「──おい!」
その背中に、ミヤギの東北訛りの声が追いかけた。
振り返る。
「──どうもな」
照れ臭そうに、弁当包みを掲げてみせるミヤギ。
は笑顔で手を振り、パプワハウスの方角へ駆けて行った。
「─で。……どうすっべ、コレ…」
弁当包みと黒い風呂敷と、丸くなってがたがた震える親友を前に、ミヤギは溜め息を一つ吐いた。
後日、がミヤギに確かめたところ、風呂敷の中身はごく安全な保存食の類であったそうだ。
ミヤギも一緒に食べたそうだが、毒の類などもってのほか、栄養のバランスまで計算された非常に出来の良い差し入れだったとか。
トットリが怯えた理由は、はおろかミヤギにすら、知る由はなかった。
MENU