さん観察日記1
俺の職場は、ひどい。
具体的にどうヒドイかと言うと、最低でも一日に24回、つまり一時間に一回は、思わず022(オー●ンジ)に電話したくなる瞬間が必ずある。
大体、あの獅子舞を筆頭として…
……これ以上書くと、ガチンコで生命の危機に晒されるから、やめとく。
まあ、とにかく、俺の職場はヒドイ。
世界中探し回っても、こんだけ上司と先輩に恵まれない社会人も、中々いないと思う。
そんな中で唯一、俺が「この人なら尊敬してもいい」と思える人。
それが、さんだ。
さんは、特戦メンバーの中で俺が只一人、『さん』付けで呼ぶ人だ。
年は俺より10コ上、出身はブラジル。いわゆる『日系』ってヤツらしい。
さんは普段、すっげえ無口だ。必要な事しか喋んねえ感じ。
でも、ブラジルの事を話す時だけは、違う。
おいおい、これホントにさんかよ、背中にチャックついてんじゃねえ?
ってくらい、嬉しそうに色々話してくれる。
まぁ、それでも、他のヤツらに比べりゃ、口数が少ない事に変わりはねえんだけど。
そうそう、さんがどれくらいブラジルが好きかっつったら、やっぱアレだ。
あの人、コーヒーがないと死ぬらしい。
いや、コレ大袈裟な話じゃなくて、マジで。
最近俺ら、一週間くらいかかる任務に出てて、昨日帰って来たばっかなんだけど、その時のさんは凄かった。
打ち上げで他のヤツらががばがば飲んでる横で、
一人真っ青な顔で倒れてんの。
「ちょ、さん、大丈夫ッスか?」
「…………」
「もしかして、何も食ってないんスか!?折角隊長が、珍しく奮発したのに!!」
「…………」
「や、マジで、何か食っといた方がいいッスよ!?こんな事、5年に一度あるかないかなんスから!」
「何か言ったぁ?リキッドちゃん」
「ってひィ!ナマハゲえェェッ!!」
思わぬところでこっちが痛い目見ちまったんだけど、まぁそれは脇に置いとく。
さんの所為で折檻されたなんて、口が裂けてもいわねえし、死んでも思わねえ。
さん、親切だから。
さん、優しいから。
…俺、先輩思いだから…。
一応言っとくと、長期任務っても大した事なくて、特にさんほどの手垂れなら、傷の一つも負ってないわけ。
なのに何で倒れてたかっつーと、本人曰く、
「中毒ゥ!?」
「─左様。俺は朝昼晩、毎食時にコーヒーを飲む習慣を持っている。それは俺の生命維持に、必要不可欠な行為だ」
「何でまた…」
「それが俺の食事だから、だ」
「………は?」
「俺の主食は、コーヒーだ」
俺、笑ったよ。
滅多に洒落なんて言わない先輩の、珍しいジョーク。笑わない方が失礼だろ?
けど、どんだけこっちが笑い飛ばしても、さんマジ顔。
…え、何。もしかしてマジ…っスか?
…………。
…いや、まぁ…。
『中毒になるくらい好き』っつーのは何となく解るから、さ。
流石に『主食』っつーのは大袈裟に言っただけだろ、と。
その場は「大変っスね…」で流したわけ。
だって、『主食・飲料』だぜ?
人間として以前に、哺乳類としてありえねえ。
まぁ、その日はそんな感じで、さんの話相手して。
そうこうしてると、飲んだくれた奴等が寄ってきてさ。
結局クソ獅子舞どもに何か色々されちまう訳で、そうなりゃお決まりのパターンよ。
部屋になんて戻れる訳もなく、その場で6人まとめて雑魚寝だわな。
で………翌日の朝。
散々飲んだ奴等は、まだぐーすか寝てる時間だよ。
こっちはこっちで昨夜の悪夢とか色々蘇ってくるから、もうこれ以上この場に居たくないってんで。
重たい身体引きずって、意地で手前の部屋まで戻った訳さ。
これでやっと、もうちっとは落ち着いて寝れる。
硬いベッドだけど、オッサンどもの肉布団よりは一万倍マシ。
てなもんで、ドアを開けました、と。
………ボクの部屋が、青々と木々の茂る農園になってました。
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