彼女は思う。
─はじめから、決まっているものなのかもしれない。





生まれつきよ





「ねえ、何で?」
残暑も厳しい、ある日の昼下がり。
梵提寺の縁側に、腰掛けて茶菓子を広げる、二人の女性。
うち一人が、足をバタつかせてもう一人に問うた。
ん、とは問うた少女の方を向いた。
「何で、ルーがすきなの?」
むぐむぐ、と口をもごつかせつつ、少女は今一度問うた。


半刻ほど前だった。
ぶらりと商店街をそぞろ歩いていたところ、和菓子屋の店先に『夏季限定・水饅頭』の文字を見つけた。
もう盆も過ぎたが、そういえば今年は未だ一度も口にしていない。
寺の日陰で涼みながら味わうそれは、さぞや美味であろう。
手土産ついでに一箱買い、いつもの目的地へと向かった。
想像したのは5人で茶を啜る様だったが、赴いてみれば居たのは黒髪の少女一人であった。
挨拶よりも早く、目ざとく手に提げた袋に駆け寄り、鼻をひくつかせる少女の仕草に、は柔らかに微笑して二人きりの茶休憩を提案したのだった。


ぱちくり、とは目を瞬かせた。
質問した当の本人は、睫の長いぱっちりとした双眸でを見つめ、むぐもごと水饅頭を咀嚼している。
「──きれいだから」
ぷっくりとした唇の端についた漉し餡の滓を指で掬ってやりながら、は答えた。

「キレイ?それってルーのこと?」
「そうよ。今ペロちゃんが云ったんじゃない」
もキレイだよ?」
少女はむう、と眉を寄せ、上目遣いにを覗き込んだ。
「ありがと。でもそうじゃないの」
少しだけ困ったように、しかし満更でもないといった風情では笑った。


彼女は思う。
魂というものが、あるのだとしたら。

彼のそれは、透明な色をしているのだろう。
現世に降り立ち、穢れに触れ、苦難を伴ってもなお、その色が染まることはない。


「何て言ったらいいのかな……形がね、綺麗だなって思うのよ」
空を仰ぐように、言葉を紡ぐ
「カタチ?」
「うん、在り方って言えばいいのかな」
は、違うの?」
覗き込んでくる瞳。
は眼を合わせ、微笑した。
その様が、少しだけ寂しそうだなと、少女は思った。
「私はね──少なくとも、今は…違う」
違う、の前に、『もう』という言葉が聞こえた気がして、少女は耳を欹てた。
「──だから」
そう呟いて、俯いたものだから、の顔が見えなくなった。
「私は、本当は──ルーくんに触れたりしたら、いけないんだろね」


何者にも染まらないほど、綺麗だけど。
そんなにも、綺麗だから。


「キレイじゃないから、触っちゃいけないの?」
無垢な瞳が問い掛ける。
は、静かに頭を振った。
「ちょっと、違うかな」
何が?と問う少女に。
「私、あんまり我慢強くないから」
そう言って、は苦笑した。


多分。
私に触れたくらいでは、彼が染まる事はない。
けれど、この手は。


「人間ってね、色々矛盾してるんだよね」
「ふうん?」
二つ目の水饅頭に手を伸ばそうとする少女を、はそっと押し留めた。
少女は少しだけ残念そうな顔をしたけれど、好奇心が勝ったようで、直ぐにまた、を覗き込んできた。
─このコには、隠しても無駄な気がする。
直観で、はそう判断した。
「すごく大事なモノなのに、どこかで壊したい、と思ってしまう」
それは、歌うような響きだった。

「キレイなモノだったら、汚したくなる?」
あまりにも簡潔明瞭な指摘に、は自分の直感が正しかった事を知る。
しかしその問いには、答えずに。
「いつか──罰が当たるだろうね」
呟いた言葉は、空に掻き消えて行くようであった。


彼女は思う。
魂というものがあるとして、彼のそれが美しいことが、定められた理なのだとしたら。
それに触れたいと願うこの穢れも、生まれつきの業というものなのかも知れない。


─罰が当たるのは、怖くないの?
と、少女は問うた。
「ルーくんと会えなくなる方が、怖い」
きっぱりと答えた、の顔は。





「入れ違いになったか」
ペロに渡された茶菓子を手にして、ヨフィエルはひとりごちた。
「おいしかったよー。ちゃんとヨフィエルたちの分、とっといたからね」
に留められた事は伏せて、自慢げに少女は胸を張った。
褒めて褒めて、と強請る頭を、ヨフィエルは目線を向けぬままぐりぐりと撫でた。
「して、他に言伝などはなかったか」
そう問うと、喉を鳴らしていたペロは、やおらルミエルの方を向いた。
「──何だ?」
不思議そうに眼を細める天使。
じっと見つめたかと思うと、少女は最後の彼女の表情を告げた。
ね。笑ってたけど、泣いてるみたいだった」








+++
080904