月の明るい夜だった。
俺は、愛用のシニストラルツールを抱えて人気のない闇を走っていた。
「全く、抜けた話だよな。お宝目の前にして、忘れた商売道具取りに引き返すなんざぁ」
自分の間抜けさ加減に思わず苦笑する。久々の獲物を目前にして、少々…いや、ものすごく浮かれていたかも知れない。
とにかく、これで準備は整ったというわけだ。
「さぁて…仕切り直しといくかね」
遺跡の入り口に足を踏み入れようとして、ふと人の気配に気付く。
さっきまでは誰もいなかった筈だが…もしや、同業者か!?畜生め、久しぶりのお宝なんだ、みすみす渡してたまるか。
思わず勢い込んで足が一歩前へ出たその先に、都合悪く錆びた鉄の箱が捨てられていた。
しまった、と思ったが時既に遅し。
ドンガラガッシャーンという派手な効果音を立てて、中へ文字通り転がり込む。
「あいててて…」
膝をさすりながら起き上がるのと同時に、中にいた人物と目が合った。
天井から漏れる月明かりに照らされた姿に、一瞬目を奪われた。腰まで届く黒髪と、対照的なまでに白い肌。そして、真白にも近い薄紅色の大きな瞳。
「──あ…」
俺はさぞかし間抜けな面をしていたのだろう。
俺より幾つか年下だと思われる彼女は、こちらを一瞥しただけで、俺を無視して作業を再開し始めた。
「…ち、ちょっと待った!」
慌てて駆け寄ろうとした瞬間、俺の掌に小さな包みが投げ込まれた。
中身は宝石の類だろう、僅かだがずしりとした感触がした。
これは?と俺が問うより少し早く、彼女が口を開いた。
「あんたのお陰で仕事がスムーズに進んだ。少ないけど御礼よ」
澄んだ水のような声。だがその響きには、どこか張り詰めたものがあった。
「へ?どういう…」
戸惑う俺をまたも無視して、彼女は今度は帰り支度に取り掛かる。
──俺のお陰?………まさか!?
5秒後、俺はようやく彼女の言葉の意味を理解した。"尾けられていた"のだ。俺が引き返したのを確認してから中に入ったのだろう。
何てこった。冗談じゃねぇぞ。
久々の大物だってのに、こんな小娘に横取りされて黙ってられるか。
彼女の方はといえば、さっさと後始末をつけて入り口の方へと向かおうとしている。
「──おい、ちょっと待てって」
わざと少し語気を強めて、彼女の肩を掴んで引き止め…ようとした。
「──ッ!」
瞬間的に、弾かれた様に身を翻された事に、俺の方が驚いた。
「…気安く触らないで」
冷たい瞳で俺を睨み、静かに彼女は云った。
だが俺は気付いてしまった。
彼女の、透き通ったガラスのような声が、細く小さな肩が、微かに震えている事に。射るような視線を投げ掛ける彼女の瞳が、怯えた色をしている事に。
俺は小さく一つため息をつき、彼女のバックパックに手を伸ばした。
咄嗟に、彼女の右手が太股に止められているナイフへと伸ばされる。
「だぁいじょうぶだって。何もとりゃしねぇよ」
そう言って、伸ばされた彼女の小さな手をそっと握る。驚いた様にこちらを向いた隙を狙って、バックパックをひょいと取り上げた。
「あっ…」
彼女の顔が、狼狽した表情に変わる。
あらためて見てみると、年の頃はまだ15もいかないといったところか。張り詰めた表情をしていたせいだろう、もう少し大人びて見えた。
何だ、こんな顔も出来るんじゃねえかと思いつつ、俺はウインクしてみせた。
「女がこんな重い物持つモンじゃねえぜ。こういうのは男の仕事」
「ちょっと、何考えてんの、アンタ!?」
今度は怒った顔になる。無愛想なのかと思ったが、相手次第でクールにも感情的にも変わるようだ。
そこまで考えて、ふと、もっとこのコの色々な表情が見たいと思った。
──笑うと、どんな顔をするのだろう。
「聞いてるの!?返しなさいってば!」
彼女の怒声に我に返る。
怒った彼女の顔を見て何故か楽しくなった俺は、わざとおちゃらけて答えてみせた。
「なぁ、一仕事したら腹空かねぇ?」
「あんたは何も働いてないでしょーが!!」
彼女が絶妙な突っ込みを返した瞬間、遺跡内に何とも情けない和音が響き渡った。
────…ぐきゅる〜。
「…ぷっ」
「あはははははは」
俺と彼女は、顔を見合わせて噴き出した。
「あははは…はぁ〜、やっぱり」
「──何が?」
笑いと共に洩らした俺の一言に彼女が反応すると同時に、お宝入りの袋からイヤリングを一つ取り出し、彼女の耳に飾る。
「笑った方が可愛い」
「──…ッ!?」
彼女は、俺の言葉に耳まで真っ赤になって俯いた。歳の割にキツイ化粧をしているが、男慣れしているという訳でもないらしい。
「俺はキリオン。あんたは?」
頬を紅く染めたままの彼女は、上目遣いに俺を見て、「…サルティ」とぽつりと言った。
男が怖いらしい彼女の、俺への警戒は大分解けたらしい。俺はこのチャンスを、十二分に生かさせてもらう事にした。
「これから宜しくな、サルティ」
「ちょっと、それどういう事よ!?」
「そういう事♪」
いたずらっぽく笑って見せた俺に、サルティが掴み掛かってくる。
彼女のパンチをぎりぎりかわしながら、俺は思った。彼女を守りたい、と。
会ったばかりの相手にそんな事を思ったのは、月明かりに照らされた彼女が、眩しかったせいかも知れない。
薄暗い部屋の煤けた壁に身体をあずけて、俺はふとサルティと出会った時の事を思い出していた。
「やべ…これって、いわゆる走馬灯ってヤツかな…」
一年振りに会った彼女は、俺の知っている頃と少し変わっていた。
腰まであった綺麗な髪は肩先で揃えられ、キツイ化粧はさっぱりと落とされていた。そして、何より…
「あいつ、泣いてたな…」
先程の彼女の顔を思い出し、少し切なくなる。何て顔しやがるんだ、全く。…似合わねえんだよ、ちっとも…
初めて見る顔だった。
永い事つるんでたが、アイツは俺の前で泣いた事なんてなかったんだ。只の一度も。いや、おそらく人前で泣いた事などなかったはずだ。少なくとも、あの頃は。
「アイツがサルティを変えたのか…」
彼女の、あの男を見る瞳も、俺の見た事のないものだった。俺にすら見せなかった表情を、あいつにはいつも見せているのかと思うと少し妬ける。
「ま、いいや…」
ポケットから煙草を取り出して一本咥え、火をつけようとする。
「あれ…うまく点かないや…おかしいな…」
自分の体は自分が一番よく解るというのは本当らしい。──そろそろ、限界か…。
ふと、さっき彼女が言い捨てていった言葉を思い出す。惚れた女から最後に聞いた言葉が『くたばってたら殴るわよ』というのもどうかと思うが、これでいいのかとも思う。俺とアイツは、それでいいのだ。結局のところ。
「あぁ、やっぱ…殴られんのヤだなぁ…」
しかし殴られる事はおそらくもうないという事を知っていながら、俺は呟いた。それが、俺の声となって発せられたのかどうかすら、もう解らなかったけれど…
あぁ、畜生。視界が霞んで、よく見えやしねえ。アイツ、また泣くのかな…。殴られるよりよっぽど痛いな…
彼女の、怒った顔が浮かんだ。最後くらい、笑ってくれても良さそうなモンなのにな…。心の中でそんな事を呟きながら、俺は静かに目を閉じた。
願わくは、彼女がいつも笑っていられますように…
Fin.
-あとがきというか解説-
キリオンというのは、シナリオのNPCとして登場したキャラクターで、盗賊時代のサルティの古馴染みです。
シナリオ中、殺戮者に身体を乗っ取られ、サルティ自らの手で倒された、非業の人。
『くたばってたら殴るわよ』というのは、憑依した殺戮者を倒した後、まだ息のあったキリオンに対し、助けを呼びに行こうとするサルティが投げかけた台詞です。
しかし脅し(?)も空しく、サルティが戻ってきた時には既にキリオンは息を引き取っていた…という、悲しいシナリオでした。
そのシナリオのみに登場した急拵えキャラ(D◎A曰く)だったのですが、夢果実が妙に気に入ってしまったため、筆を取ったという次第です、はい。
追悼記念というかなんと言うか、そんな感じのものでした。
エッライ古い文章なんですが、読んで下さった方、ありがとうございました。
不明点等は、ご質問下されば喜んでお答えさせて頂きます。
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