「──ここを離れる。女王の宣誓が下された」
暫くの沈黙の後、レンは口を開いた。スフィは、口を尖らせたままそっぽを向いている。
「お前の力は危険すぎる。野放しにしておく訳にはいかない。─判るな」
「アタシを閉じ込めようって言うの?」
静かに、しかしはっきりとスフィは言った。瞳は、真っ直ぐにレンを見据えている。
レンは答えない。
沈黙を恐れるかのように、閉じかけたスフィの唇が再び開かれる。
「こんなところに閉じ込めるつもり!?たった一人で!」
口調は、はっきりとレンを非難するものに変わっていた。背伸びして必死に抗議するその姿に、レンは言いようの無い切なさを感じて俯いた。
「───すまん」
やっとの事で発した言葉。言い訳というにはあまりにも不足し過ぎていて、謝罪と言うにはあまりにも芸のない一言。
スフィは溜め息を一つ吐いた。
「──俺は、この決定に納得してる訳じゃないんだ」
レンは、ぽつりと呟いた。
「たとえ抗いようのない運命だとしても、残された者はどうなる?今まで共に戦ってきた兄弟を見捨てて行くのは『仕方のない事』で済ませられる事じゃない」
…コイツに言ったって仕方ない。
言った後でレンは少し後悔した。─愚痴を言うために来た訳じゃない。
「でしょうね」
だが、スフィの口から出てきた言葉は、意外にもレンのそれを肯定するものだった。
「アンタはそーいう奴だもの。判ってるわ」
「───すまん」
「謝るのはこっち。アンタの気持ち判ってて、意地悪な事言った。…アンタのせいじゃないのにね」
言って、スフィは少し笑った。─見ている方が痛くなるような、無理のある笑顔。
「─すまん………」
相変わらず芸のない謝罪。解っているが、他に言える言葉がなかった。
納得していないと言いながら、最終的には一族の決定に従った自分。それに比べて、この少女の何と強い事か。
この不条理な『運命』と言うものに対して、悲嘆するでもなく、また流される訳でもなく、ただ真正面から受け止めようとしている。
自分はその『運命』に抗うふりをしているだけで、実際のところは目を背けていただけだ。
「ホラ、いつまでもそんな辛気臭い顔しない。最期くらい、景気良く送ってよね」
スフィはそう言うと、精一杯背伸びして、レンの両頬を上へ押し上げた。
レンが、その小さな両手を自分のそれで包み込む。
「これで終わりにはしない」
包み込んだ両手に、思わず力が入る。
「俺が、このまま終わりになどさせはしない」
スフィが少し微笑んだ。
「─ま、期待しないで待ってるわ」
そう言って、するりとレンから手を離す。レンの両手が一瞬、名残惜しそうに宙を彷徨った。
「でも、約束はしない」
意地悪な笑みを浮かべて、スフィは言った。レンの首が縦に揺れる。
レンは眼を閉じ、一つ息を吸い込んだ。
「─お前のお陰で決心がついた。ありがとう」
「やめなさいよ、アンタがお礼なんて気持ち悪い」
晴れやかなレンの笑顔に、心底嫌そうな顔でそう言うと、スフィは背を向けた。
「…野暮な事は聞かないけどさ」
背を向けたままスフィは言うと、くるりと再びレンの方を向いた。
「達者でやんなさいよ」
「ああ」
いつしか、二人に笑顔が戻っていた。
「─では、始めようか」
レンの言葉に頷くと、スフィは静かに眼を閉じた。
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