───怖いか。



その声は、この愚かしい道化行為を嘲笑うでもなく、結局のところ逃げ続けているだけの私を責めるでもなく、ただその事実を確認するだけの、そんな響きをしていた。
そして、純粋に確認を求めるだけのその一言は、呆れるほどあっさりと、まるですうっと染み入るように私の心の一番奥まで突き刺さった。




否定はしない。

 

自覚もある。








私は、怖かった。








『仮面』





あの日、彼に拾われたあの時に、覚悟は済ませたはずだった。
"私"という存在をやんわりと拒否し続けるこの世界で生きて行くためには、自分にはこの道しかないと、理解した上での承諾だった。
あの『空白の一週間』以来、世界は私に限りなく冷たかったが、彼はそんな私を受け入れてくれた。
もう、日の当たる場所で生きる事は叶わぬのだと、痛いほどに悟ったからこそ、私は足を踏み入れた。
…一度踏み込んだら、二度とその外へ出る事は叶わぬ"闇"へと。


それなのに何故、と問われれば、私には答える言葉はない。
私にも、それが解らないから。
──ありふれた茶番劇の一つ。
それだけの、たったそれだけの事で、私は"何か"を見失ってしまった。
 …あるいは。
私は、何かに"気づいて"しまったのかも知れない。
見ないふりをしていた"何か"に。







私は、『優しいラナ』の仮面を被った。
















この薄汚れた世界の住人でいながら、そんな馬鹿げた真似をする無意味さと言ったらない。
周りは既に、それまで私が何をしてきたかをある程度知ってしまっているし、私の両手が既に血で塗れてしまっている事なんて、誰の目から見ても明らかな事実。
それでも敢えてそうしたのは、『リィナ』がまだ"ここ"にいると、認めたくなかったから。
だって、それを認めてしまったら、私は私でいられなくなってしまう。
『ラナ』はどこまで行っても『リィナ』なのだとしたら、私はここにいられない。
そんなのは、耐えられなかった。


私を『ラナ』として見てくれるのは、彼だけだった。
温和な笑顔。感情のない殺人機械。そのどちらをも知っていて、そのどちらをも『ラナ』と呼ぶ。
彼はきっと、"殺人機械としての"『ラナ』ですら、私が無自覚に被ってしまった仮面である事を見抜いている。
それでも彼は、素顔の私とその仮面、そしてまたその上に重ねた仮面までをも、変わらぬ声で『ラナ』と呼ぶのだ。
私は、彼の駒でいるうちは楽でいられる。
それが、私が彼に従い続ける理由。

















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