「─…はあ…」
屋上のフェンスに指をかけたから、細い白い息が漏れた。
日は落ち、遠くで車道を走る車の音が小さく聞こえる。
吹く風に、上着の前を合わせる。
「ちゃん」
後ろから掛けられた穏やかな声に、はゆっくりと振り返った。
お見合いパニック/ドリさんと
「……緑川さん」
シルエットを視界に収めた瞬間、今まさに頭を占めていた人物が過ぎったのを極力顔に出さず、は穏やかな表情をたたえて近づいてくる緑川に言葉を返した。
「ここ、冷えるだろ」
言いながらの横へ並んだ緑川を見上げながら、は、今ここにはいない人物と、随分前にここで交わしたやり取りを反芻していた。
─まだ、アウェー感ある?
その声は、今にも耳元で響くようで。
「…ちゃん?」
緑川の呼びかけに、は意識を引き戻した。
長身の彼は、優しい笑みを、少し苦笑の形に変えて。
「──丹波?」
「……!?」
唐突に出てきた、正に今想っていた相手の名前を出され、分かりやすく動揺を表す。
「………」
驚いてその顔を見上げるが、緑川は何もかも見透かしているような、不思議な微笑でこちらを見ている。
「─な…んで」
ようやくそれだけを口にすると、緑川は、はあ、と白い息を宙に向けて吐き、
「ここ寒いから、茶でも飲みに行こうか」
そう言って、フェンスから背を離した。
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