「シンタローさん…?」
未だ覚醒し切っていない頭で、はその名を口にした。
呼ばれた男は、苦笑ともつかない笑みを零した。

「ああ。そうだよ」

の両の眼が、徐々に見開かれる。
それは、良く知った声。
良く知った顔。
良く知った姿。

良く知った、笑い顔。


「─…シンタローさん…ッ!」

覚醒半ばの脳はそれ以上の思考を止め、は、自分でも意識せぬうちにその胸に飛び込んでいた。
そっと。
男が、を抱きとめた。
安心した動物のように、その胸に顔を埋める

(─シンタローさん…)


ふ、と。

(─…あれ…?)

形容し難い違和感を覚え、は目を開いた。
よく知る服とは違う色。
「─…え…」
顔を上げる。

男の黒い瞳と、目が合った。
シンタローと同じ顔。
シンタローと同じ声。

─だけど、違う。

「シンタローさん…じゃ、ない…?」


ふっ、と。
男が、今度は悪戯が成功した子供のような笑みを零した。

「─違うに決まってるだろ?」


半覚醒だったが、その言葉ではっきりと意識を取り戻した。

「…ご、ごめんなさい!わたし…」
慌てて、男から離れる
顔を真っ赤にして謝る彼女。男は、愛しいものを見るように目を細めた。

「─…あの、」
頬を染めたまま、が男を見上げる。
言外の問いを読み取り、男はあの声で語りかけた。
「─忘れちまったのか?」
「……え」
男の手が、す、との頬に触れる。






──

「─…あ…っ…」

それは、彼女の良く知った声。

良く知った顔。

良く知った口調。

仕草。


笑顔───



刹那、は理解した。
─してしまった。


島に流れ着いたあの日、初対面の彼から受けた感覚。

森を散歩した日、夕暮れに染まる笑顔に視た“何か”。


シンタローと暮らし、彼という人を知るにつれ、いつしかその既視感は薄れて、影を潜めていたけれど。


自分が、“彼”に、“誰”の面影を、重ねて視ていたのか。


「───…っ…!」


膨大な記憶の渦が、彼女の身体を駆け巡る。
耐え切れず、は膝を折った。

島に居た頃の自分。
平和に暮らしていた、あの頃。
早送りされた映像が幾つも同時再生されるように、彼女の脳裏を過ぎて行く。

笑い合う、島の住民達。
それを見守る彼女の傍らには、いつも一人の男がいた。


はるか昔から、変わることなく。



「───ジャ…ン」


切れ切れの息の合間、呟くと、は再び、意識を手放した。








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