「大丈夫か?

が目覚めたのは、太陽が西に沈もうという頃だった。
覗き込む黒い瞳を、どうしても一瞬見間違えてしまうのは、仕方のないことなのかも知れない。
「だい、じょうぶ…─ありがとう、ジャン」
抱きかかえられたが小さく微笑んでみせると、ジャンはほっと息を吐いた。


目を覚ましたは、失った記憶を、一部を除いて取り戻していた。

自分が、この島で生まれた巫女であること。
巫女は、番人と島のために祈りを捧げるための存在であること。
そして、その魂が─…記憶と共に、千代に受け継がれてきたものであることも。

それは断片的な欠片の集合体ではあったものの、が、自分が何者であるかを思い出すには十分な材料だった。


「無理もない。一度に思い出したんだから」
隣に座るジャンは、そう言って彼女に微笑みかけた。
彼が汲んできた水をちびちびと飲む
その背中を、ジャンが優しくさする。
掌の温もりは懐かしい何かであると同時に、やはり良く知った何かを彷彿とさせる。
ちらり、とはジャンの方を見た。
「ん?」
目が合う。
ふと、去って行った人が瞼の裏を霞め──は、そっと目線を外した。
?」
外した目線を、ジャンの黒い瞳が追いかける。
「──…!」
びくり、との肩が揺れる。
くつくつと、ジャンが小さく肩を揺らした。

「そんなに怯えるなって」
言って、の髪をそっと撫でる。
「俺のことも─思い出したんだろう?」
囁くように、紡ぎだされる言葉。
は、小さく頷いた。


正確には、“今の”自身には、ジャンの記憶はない。
彼女が生まれたときには、ジャンは故あって不在であったからだ。
彼女の記憶にあるジャンは、前世、或いはそのもっと前の、魂に刻まれた記憶である。
──それでも。
”にとって、ジャンがどういう存在であるかは、変わりようのない理であった。



こつん、と。
が、その身を預けるように、ジャンの肩にもたれかかった。
ジャンは、その肩を抱こうと腕を伸ばし──躊躇うようにその拳を握り直すと、彼女の艶やかな黒髪を優しく撫でた。


陽は落ちて、降り注ぐような星空が、彼らの頭上に広がっていた。









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