「俺の傍を離れるなよ」
そう言って、ジャンは扉の前に立った。
目線は、真っ直ぐに前方─森の奥を見据えている。
─青の一族。
それは、『』にとってはよく知った言葉で、けれどにとってはどこか、遠くて。
─シンタロー。
ジャンと同じ姿を持つ男。
そして─島に流れ着いてから、誰よりもの傍にいた人。
記憶を取り戻し、ジャンと言葉を交わし、昔の夢まで見ても、なお。
隣に佇むこの男は─その人の面影を彷彿とさせる。
(違うのに)
は、目線を落とした。
言葉を交わすたびに強くなる感覚。この男はシンタローとは違う。
─なのに。
(─どうして)
は、隣に立つ男を見上げた。
ジャンは、彼女に背中を向け、空を見上げていた。
─こんなにも…
“──タセ”
「……っ!?」
ふいに、頭に響いた重い声。
の心臓が、どくん、と鳴った。
“──果タセ…”
声は、徐々に大きくなる。
の目線が、ジャンの背中─そして首筋に、焦点を結んだ。
“──オ前ノ使命ヲ果タセ──『』”
の腕が、ジャンの首筋に伸びる。
細い指が、たくましい首を捕らえようと、しなやかに動き──
「?」
はっと、その声では我に返った。
ジャンが、こちらを見下ろしている。
「─…ジャン」
自分の声なのに、どこか現実感がない。
違和感に目を動かすと、自分の指が、彼の首元辺りに、所在なさげに掛けられていた。
ジャンの目線が、彼女の腕から指先を追う。
「…あれ、私…」
そう、呟いたのとほぼ同時に。
彼女の身体は、温もりに捕らわれていた。
「─大丈夫だ、」
耳元で囁かれる、優しい声。
全身を覆う、力強いぬくもり。
「お前は、俺が守る」
小さく、けれど小刻みに。の心臓が鼓動を刻む。
「──ジャン…」
肩に掛けた指を、そのまま彼の、首の後ろへ回してそっと、組んで。
は、確かめるように、その名を口にした。
ジャンと抱き合ったのは、“”にとって、これが初めてのことだった。
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