森の奥、分厚い扉の祠の、更にその最奥に、“それ”は居た。
“おかえりなさい、”
─赤い秘石。
その声を聞いた瞬間。
何を考えるより先ず、は膝を折り頭を垂れていた。
「赤の巫女、。ただいま参りました」
隣でジャンが、同じように頭を垂れた。
「の記憶が戻りました」
“──ええ。よく帰ってきてくれましたね、巫女よ”
その声は。
どこか懐かしく、すうっと染み入るように。
の胸が、何か暖かい感覚に満たされた。
「───はい」
──ここが、お主の故郷じゃよ。──
いつか聞いた言葉が、実感を伴って今ようやく、の胸に届いた。
“─早速ですが、二人には、じきに働いて貰うことになるでしょう”
赤の秘石が、少し硬い声音で告げた。
ジャンが顔を上げる。
「─では、青の一族が…」
“ええ”
青の一族。
その言葉を聞いて、の身が僅か硬くなる。
ジャンが、そっとその背に大きな手を添えた。
「───」
言葉は、ないけれど。
力強く頷いたその目は、『大丈夫』と告げていた。
祠の扉を、再び開けて。
ジャンとは、外に出た。
「──…あ…」
はじめに気付いたのは、だった。
「──来たか」
ジャンが、低い声で呟いた。
広い森に大きな影を落とすそれは、鳥なんかではなく。
も幾度と見た、ガンマ団の印。その印を刻んだ飛空挺が、パプワ島の上空をゆっくりと飛んでいた。
「──…」
身を抱く。
ジャンが、その肩に手を置いた。
「大丈夫だ、」
見上げると、こんな時だというのに、ジャンはあの笑顔で笑っている。
「お前は、番人である俺が守る」
力強い眼差し。
その眼差しに、もう何度目か解らない、彼の人の面影を重ねて。
「──青の一族の人たちが来たのは、」
が、ジャンの瞳を見つめた。
「─…シンタローさんが、日本へ帰ったから…?」
の問いに、ジャンの眉が僅か跳ねた。
直ぐに下を向いたには、それが見えていなかった。
「──…直接の要因かどうかは解らん。ただ…」
ジャンは、飛空挺の方を見上げた。
獲物を見つけた獣のような眼差しで。
「奴らがこの島に上陸する。そして─それが戦いを意味していることは、お前にも解るだろう?」
そう言って、の方を向き直る。
は小さく頷き、そして─顔を上げた。
その表情に、ジャンは一瞬息を呑んだ。
今にも泣き出しそうな瞳。
強く、何かに焦がれるような表情。
永く彼女の傍らに居たジャンの、初めて見る顔だった。
「──」
「─…シンタローさんは…」
幾度目か、彼女の口から紡がれた名前。
遮るように、ジャンは続きを受け次いだ。
「あの男は青の一族だ」
「ッでも…!」
「──あいつが」
一歩踏み出したとの距離が縮まる。
ジャンが、更に長身を屈めた。
息が掛かる距離で。
ジャンの両手がの頬に、そっと包み込むように触れた。
「自分で選択して、青の一族の下へ戻った。─それは」
の大きな瞳が揺れる。
押したら今にも何かが零れ落ちてしまいそうだ、とジャンは思った。
「──それだけは、確かなことだ」
の瞳が、大きく見開かれ。
やがて、静かに伏せられた。
─今日から敬語禁止。あと遠慮するのもなるべく禁止
─俺の前では、ガマンしなくていーから
(─シンタローさん)
─友達を助けるのは当然のことだ
(─パプワくん)
──またいつか、きっと……
瞼の裏を過ぎるのは、彼の人の姿。
その友達の、ツンツン頭の少年。
いつも元気で。
ケンカもするけど、仲良しで。
記憶のなかった自分と、あんなに仲良くしてくれた。
─まだこんなにも、はっきりと思い出せるのに。
(─どうして…?)
声に出さないの問いに答える者は、その場にはいなかった。
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