[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
「パプワお前さー、そんなんじゃなくて普通の笛渡してやりゃ良かったじゃねえか」
「ナニを言う!チャッピーの耳なら島中のどこからでも聞こえるんだゾ」
「はーいはい」
夕暮れの森を、二つの足跡が続いていく。
太陽はもうすぐ、西の水平線に隠れようとしていた。
「しかし、うっかり説明しておくのを忘れてすまなかったナ、カミセ」
チャッピーに跨ったパプワが、人差し指を立てて上を向いた。
「ううん。助けに来てくれて、ありがとう」
シンタローの背中から、カミセの声が降る。
いつもの目線より更に下にいるパプワに、目を細めて微笑む。先程までの泣き顔は、すっかり消えていた。
ただ、広い肩に添えられた両手はどことなく所在なさげだ。
「ま、何にせよ無事で良かったゼ」
安心したように笑うシンタローに、カミセの身体が遠慮がちに縮まった。
「おい、シンタロー」
「あん?」
ふと、パプワがすとんとチャッピーから降りた。
「ボクとチャッピーはここから走って帰るからナ。お前、カミセを連れて後で来い」
「え、パプワくん?」
「食前の運動だ」
少し遅れて反応したカミセが何ごとか言う間も無く、パプワとチャッピーは走り出していた。
あっという間に遠ざかる二つの影。残された二人は、ぽかんと見送るしかなかった。
「…やれやれ」
先に動き出したのはシンタローだった。…とは言え、カミセの方は自分では満足に動けない訳なのだが。
よっこいせ、と背中のカミセを持ち上げ直すと、てくてくと歩き始める。
「ま、元気なお子様どもは放っといて、のんびり行こーぜ」
「…あ……の、シンタローさん」
意を決したように、カミセが声を掛けた。前を向いたまま聞き返すと、肩を掴む力が少しだけ強まった。
「今日は…すみませんでした」
ぴたり。
シンタローが足を止めた。
「……?」
横顔を覗き込むカミセ。
─…はぁ~。
特大の溜め息が、シンタローの口から漏れた。
「……シンタローさ…」
「パプワには『ありがとう』で、俺には『すみません』かよ」
「──…あ…」
指摘されて、初めて気づく。
心なしか、胸の下の背中が強張ったような気もする。カミセは慌てて身を乗り出した。
「あ、あのえっと、勿論シンタローさんにも感謝してるんですけど、それ以上に迷惑かけて申し訳ないって言うか、その」
「………ぷっ」
「だから、そういう気持ちが両方あって、つい謝罪の方が先に出ちゃったと言うか………え?」
「……ぶははははっ」
急に肩を震わせて大声で笑い出したシンタローに、カミセの目が点になる。
「…シンタロー、さん…?」
「ははっ、あはは…おまっ、そんなに慌てなくても、よ……」
「……え、あ、えと…」
良く解らないが、とりあえず自分は笑われているらしい。かぁっと、カミセの頬が熱くなった。
恥ずかしさに片手で頬を押さえると、くるりとシンタローが振り返った。
思い切り笑ったようで、目尻にうっすらと涙が溜まっている。
振り向いたその顔は、丁度カミセの目線の先まで落ちた夕陽の色に照らされていた。
楽しげに開かれた、唇から声が漏れる。
「オマエ、面白すぎ」
心臓が、弾けるほどの音がした。
(あ……)
囚われて、目線が外せない。
夕陽に染まった彼の顔は、いつもより余計に日に焼けたように見える。
その風景に、重なる何か。
─黒い髪。
─黒い瞳。
─日に焼けた、逞しい肌の色。
─…夕陽よりも眩しい、あの笑顔。
(………え…?)
頭に浮かんだ言葉に、自分で問い返す。
“あの”笑顔、って…?
──…『誰の』?
「─…カミセ?」
その声に呼び戻されると、シンタローが不思議そうに覗き込んでいた。
「あ…その、シンタローさんがあんまり笑うから…」
「あー、悪ィ悪ィ。だってカミセ、マジで面白いんだもんよ」
咄嗟に誤魔化した台詞に気づく事無く、シンタローは再び笑いを噛み殺した。
再び恥ずかしさが襲うが、あまりにも無防備な様にカミセは思わず首を傾げた。
「…怒って、ないんですか…?」
「──怒ってる」
「えっ」
ふい、と首を前に戻され、またしても慌てるカミセ。
(どうしよう、やっぱり迷惑かけちゃったんだ)
「…ご…ごめんなさい」
とりあえず、誠心誠意を込めて謝ってみる。ただし、それは背中に向けての謝罪であった。表情の見えない横顔を正視する事は、今の彼女には酷な事だった。
「謝られたって、簡単には許せねぇなあ」
案の定、否定の言葉が返ってくる。カミセは小さくなりながらも、どこか違和感を感じていた。
─シンタローさんて、こんなに頑固な人だっけ?
だが直ぐに、その思いは頭から消えた。今は彼の許しを請う事の方が、カミセにとっては重要だった。
「……許して欲しいか?」
意地悪な声が前方から投げ掛けられる。
「………ハイ…」
控えめに返事をする。少し、間が空いた。
やがて、前を向いたままのシンタローの口から言葉が発された。
「─今日から敬語禁止。あと遠慮するのもなるべく禁止」
「…解ったな?」
「え……え?」
くるり、と振り向いて念を押される。訳が解らず、カミセはただ間抜けな声を出した。
「一緒に暮らしてんだからよ、…まぁなんつーの、家族みてーなモンだろ?」
「あ……」
「だーから、他人行儀にする必要なんてねぇつってんの。解った?」
再び前を向いてしまった彼の表情はやはり見えないが、逆光にも解るほど耳元が赤く染まっていた。
「……ハ…───うん。」
たどたどしくも答えると、
「良く出来ました」
満足そうに頷いて、シンタローは帰路を歩き出した。
←
MENU