「それじゃあ、ミヤギさん、トットリさん。行ってきますね」
空のじょうろを片手に提げて、は目の前の『植物』にぺこりと頭をさげた。
汲みたての水をたっぷり吸った二人が、身動きの取れないまま嬉し涙を浮かべる。
家の前に二つの鉢植えが増えて以来、彼らへの水遣りは朝一番のの仕事となっていた。
…より正確に言えば、シンタローが洗濯後の汚水を彼らに与えているのを目の当たりにしてから、だ。
「さて、と。そろそろ行かないと」
じょうろを定位置─鉢植えの影─にしまうと、は海岸の方角へ首を向けた。
「それにしても・・・今日何があるんだろ?」
『おきたら うみべにこい』
しんと静まり返った部屋で目覚めると、枕元に拙い文字で書き置きがあった。
パプワやシンタローはもとより、毎朝シンタローに絡みつきに来るナマモノ達も、今日に限っては気配すら見せない。
海辺に何があると言うのだろう?少なくとも、昨夜までは何も言っていなかった。
「…おなか、すいたなぁ…」
ようやく活動し始めた胃の鳴き声を聞きつつ、は浜辺へ向かう一本道を歩き出した。
「─…あ。シンタローさんだ」
浜まであと数十メートルのところで、聞きなれた叫び声が耳に届いた。まだ遠くて姿までは確認出来ないが、誰の声かは言わずもがな。は、のんびりだった歩調を速めた。
近づくにつれ、砂浜の様子が視界に入ってくる。
そこにいたのは、が想像していたよりもずっと大勢のナマモノ達。ぱっと目視出来ただけでも、よく見る顔がほぼ全員揃っていた。
「おぉ、。起きたか」
「おはよう、パプワくん。ねぇ、今日一体何があるの?」
やってきたに気づき、扇子を広げるパプワ。朝の挨拶もそこそこに、は腰を落としてパプワに疑問をぶつけた。
「…ココで縛られてる俺は無視ですか…」
その直ぐ背後から低い声。はっと振り返れば、丸太に縛り付けられたシンタローが恨みがましそうにこちらを見ていた。
「あっ、シンタローさん!ここにいたの?」
「………もぉ、いいッす」
がっくりとうな垂れるシンタロー。と、ぷ〜んと微かな音が彼らの周りに纏わりついた。
「「その疑問には、我々がお答えしましょう」」
「フクダくん、カタミくん」
「出たナ、変態ブラザーズ」
げんなりとしたシンタローの声をよそに、ご存知・理科の実験コンビが、人差し指を立てて胸を張る。
「今日が何の日か、お二人はご存知ないようで」
「だから何があるってんだヨ、一体!?」
勿体ぶった態度に、イラついた声を上げるシンタロー。ハエハエブラザーズが、更にむん、と胸を張った。
「今日は、年に一度のお花見なのです」
「なのです〜」
「花見だぁ?」
「そーかッもう桜も満開だもんね!それで皆、集まってるんだ」
怪訝そうなシンタローに、納得のいった顔で手を打つ。
「頼むから俺の姿に疑問を抱いてくれ、ッ!てめーらッ何で花見に生贄が必要なんだよッツ」
「…それもそうだねえ。ねえ、どうして?」
シンタローの必死の訴えに、納得しかけていたも首を傾げた。もう一度ハエの兄弟に向き直って、二人で問い返す。
二匹は得意げに、海の方を指差した。
「「それは、守り神様を呼び出すため〜」」
「…守り神ぃ?」
シンタローが呟いた、その時。
─…ゴゴゴゴゴ…
「な、何だァ!?」
「地震…?じゃない、これは…!」
轟音とともに海の一部が盛り上がり、振動が大地を揺らした。は思わずシンタローの縛られた丸太にしがみ付いたが、パプワやナマモノ達はおお、と感嘆の声を上げて海の方を凝視している。
やがて。
ザバァ、と水を飛び散らせて、海の中から巨大な怪物が姿を現した。
「ヨッパライダー様だぁ!」
「きゃあッ!ヨッパライダー様のおでましよォ!!」
口々に叫び、怪物を取り囲むナマモノ達。
「…な、何だぁ?」
「ヨッパ、ライダー…?」
そして。
「皆のもの、宴会じゃ!宴会を始めるぞぉ!!」
事態を飲み込めていない二人を余所に、花見の幕は強制的に開けられたのだった。
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