島中の者が集まっているだけあって、宴は結構な盛り上がりを見せていた。最も、その際たる要因は他でもない、年に一度の重要ゲストその人だ。
出だしで滑った長良川の鵜は簀巻きにして海に沈められたが、後発の涙ぐましい努力によって守り神の機嫌は上々、と言ったところであった。
「…狂った生態系の方々め…」
未だ縛られたままのシンタローが、忌々しげに吐き捨てた。呟き程度の声ではあったが、守り神の耳にはしっかりと届いていたらしい。大きな身体がのしり、と音を立ててこちらを向いた。
小さな山ほどはあろうかという巨体に、は思わずシンタローの傍に身を隠した。
「新入り、お前は何かせんのか?」
「けッ!誰が」
顔を背けるシンタロー。彼を覗き込むヨッパライダーと、後ろに隠れていたの目が合った。
(…私も、何か芸しろって言われるのかな…?)
先ほどシンタローを見た時の守り神の反応は、決して友好的なそれではなかった。同じく新顔の自分も何か言われるのではと、は肩を強張らせた。
そんなを、何かを確かめるようにヨッパライダーの目がじいと見つめた。
眼前ではタンノとシンタローによるSMショーが繰り広げられていたが、彼の目はから離れない。
(な…何なんだろう…)
巨大な怪獣に凝視され、たじろぐ。
やがて、ようやく合点がいったとばかりに、ヨッパライダーの両目が大きく見開かれた。
「おお…!久しいのぉ!ここに来ておったのか」
「………はっ?」
兼ねてからの知り合いと再会したかのような反応に、の目が点になる。
「元気にしておったか?会えて嬉しいぞ」
「…あ、あの…」
「今日は良き日ぞ!のお、久しぶりにお前さんの歌を聞かせてはくれぬか」
「え、う、歌…?!」
「うむ!丁度宴もたけなわじゃ。─皆のもの!次の芸が始まるぞ」
「あ、え、あの…ッ」
─…わぁぁっ。
ヨッパライダーの一声に、その場の皆が色めき立った。慌てて、ヨッパライダーに歩み寄る。
「あのっ、ヨッパライダー、さま…ッ」
「ん?なんじゃ」
「私、その…っ」
「ヨッパライダー」
自分の身の上について説明をしようとが口を開いた瞬間、いつの間にか傍に来ていたパプワが守り神に声を掛けた。
「次はボクの番だ」
「…パプワくん」
自分を庇うように前に立ったパプワを見て、ははっと気づいた。─今は、花見の最中なのだ。
無粋な話を差し挟んでいいような場ではない。
「おお、そうかそうか!今年も一丁、景気の良いのを見せておくれ、パプワや」
パプワの申し出を聞くと、ヨッパライダーは上機嫌で頷いた。
「どれ、一緒にパプワの芸を見ようではないか」
どっかりと腰を下ろすと、手招きで傍にを引き寄せる。は素直に守り神に従うと、スタンバイを済ませたパプワに目線を送った。
─ありがとう。
視線でそう告げると、気にするナ。しっかり見ておけ。と小さな瞳が答えた。
─…すうっ。
静かだが見ているものにも聞こえるほどの音とともに、中空の棒を通して小さな口に海水が吸い込まれた。
そして、棒を宙に狙い定めると…勢い良く飛び出た水で、パプワは見事クボタくんを撃ち落とした。
「わっはっはっ!流石パプワじゃのう!」
ナマモノ達の賞賛を浴びながら、パプワはシンタローの方へと歩いて行った。
真打ちの活躍に、沸き立つ浜辺。
(─パプワくんほどには、出来ないだろうけど…)
小さな後姿を見て、は決心を固めた。
「…ヨッパライダー様」
「ん、なんじゃ?」
笑顔で振り向く守り神。
改めては何となく言い出しづらいものがあるのだが、パプワの気遣いを無駄にはしたくない。は思い切って、彼を見上げた。
「…あの。良かったら次は私、が…頑張ってみます」
足早に脈打つ鼓動を必死で抑えつつ、緊張感丸出しの笑顔をつくる。それでも、島の守り神は大層嬉しそうに目を細めた。巨木のような首を何度も縦に振る。
「うむ、やはり最後はお主の唄がないとのう。よしよし。─…皆、静まれい!」
浜辺中に響こうかと言う大声で、ヨッパライダーが一喝する。ざわめき立っていた浜辺は一瞬にしてしんとなった。
「ここでしっかり聞いておるからの。また昔のように、美しい声を聞かせておくれ」
守り神は未だ勘違いをしたままのようだが、この際どちらでも良いという気持ちがを支配しつつあった。楽しい花見の席で、一曲披露せよと勧められた。今のこの雰囲気の中では、もうそれだけで十分だ。
振り返って、周りを見る。その場の皆が、に注目していた。
「おい、…?」
パプワにやっと縄を解いて貰ったシンタローが、心配そうに彼女の肩に手を置いた。気づいて、振り向く。細い指が、そっと彼の手に触れた。
「……いってきます」
少しだけ、恥ずかしそうに笑って。
柔らかな指の感触が消えた、と思った次の瞬間、彼女は軽やかに輪の中心へと躍り出ていた。
そして。
彼女の口が、シンタローには聞きなれぬメロディーを奏で始めた。
幻想的な音階に、思わず耳を奪われる。だが、音に乗せられた詩の意味を理解するにつれ、シンタローの表情が驚愕のそれに変わった。
(…この歌って……まさか)
─…それは、遠い日の物語。
誰も知らない、けれど誰もが知っている楽園の思い出。
空に、海に、太陽に、母なる全てに聖なる祈りを捧げたうた。
(私……歌えてる…)
それがちゃんとした歌の形になっている事に、一番驚いたのは自身だ。
知っていたから歌った訳ではない。
消えず残った記憶の中に、歌など一曲も残っていなかった。
ただ頭に浮かんだ色を、音に変えて外へ出しただけだった。
それでも、少女の唇が紡ぎ出した音色は、透明な響きで辺り一面を包み込んだ。
誰からともなく、溜め息が漏れた。
一拍おいて、の周りに拍手の渦が沸いた。
「うむ。相変わらず、良い唄じゃ」
ヨッパライダーが、満足げにの頭を撫でた。ごつごつとした岩のような感触が髪に触れ、少しくすぐったい。
慣れない賛美を受け、ほんのりと染まったの顔が困ったように笑った。
「─どれ。最後はワシの番かね」
大きな手がの頭から離れ、重い腰がずしりと持ち上げられた。
首を傾げると、景気づけたパプワの声に、ピースサインで答えるヨッパライダー。地響きを鳴らしながら、お花見怪獣は火山の方角へと歩いて行った。
「パプワくん…ヨッパライダー様は、どこへ行っちゃったの?」
「何する気だぁ?」
どうにも待ちきれなかったのか、とシンタローは夜空を見上げるパプワに問いかけた。パプワは上を向いたまま、一言だけ答えた。
「見てれば分かるゾ」
─…どどぉん。
数分後、飛び切り大きな地響きとともに、火山から巨大な花火が飛び出した。
次いで、連なる山々から発射されるスターマイン。
「ヨッパライダー得意の火山花火だ!」
呆気に取られるとシンタロー。パプワが得意げに説明した。
「…ぅ、わ……」
「─…すっげぇ〜!」
拍手を送る事すら忘れ、星空に咲く花に二人は見入った。
やがて、次々に咲く赤い花が徐々にその数を減らし、終に最後の一花が咲いたかに見えた、その次の瞬間。
一際大きな花が夜空を埋め尽くし、花びらが星屑となって空から降った。
そして、最後の花びらが砂の上に落ち、それが宴の終了を示す合図となった。
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