四月一日、エイプリルフール。
パプワハウス一行は、モグラのモッくんに連れられ、ハッピーな地底王国の旅を満喫して…いるはずだった。

が。


「馬鹿たれーーーッ!!」
地響きに紛れ、シンタローの渾身の叫びが地底に響く。
「さっさとトンネルを掘れッツ!!」
比較的平和に進んでいた地底の旅は、モッくんのちょっとした不注意により、一転して地獄絵図と化した。先程モッくんの爪の先で踏み潰された蟻の家族が、地響きをならすほどの大群を成して彼等を追ってくる。
せっせと地底を掘り進むモッくん、その背中を急かすシンタロー。二人の背後では、を囲むようにパプワとチャッピーがシットロト踊りを踊る。
「呑気に踊っとる場合かッ」
「何を言う、神聖なる応援のダンスだゾ」
「パプワくん、シンタローさんッ!蟻さん達が…ッ」
「うわっはー!!来た!来た!来たァァ!さらに来たッツ!!」
狼狽するシンタローとの声に呼応して、モッくんが掘るスピードを高める。暫く掘り進んだところで、モッくんの動きが一瞬止まった。
「うんしょ、うんしょ、う…?」

──ボコ。

空を掘ったスコップに耐え切れず、バランスを崩すモッくん。
彼等の足元が、音を立てて抜けた。

「どっわぁああーーーッツ!!」

ドップラー効果の叫びとともに、真っ逆さまに落ちて行くシンタロー。しかし流石はガンマ団ナンバーワン。眼下に地面を見止め、辛うじて仰向けに受身を取る。
それを待っていたかのように、パプワとチャッピーが彼の腹にドロップキック。
最後にが、かざしたパプワの手の上にストンと落ちた。
「10点満点!」
「わぅん!」
「いってぇ〜〜〜ッ!」
「み、皆大丈夫…?」
パプワの手から降り立ったの声に、シンタローががばりと身を起こす。
「パプワ!てめぇなァ…───!」

言いかけて、息を呑んだシンタロー。その目線を、皆が追う。

「これは…」
始めに声を上げたのはモッくんだった。
「───…扉、か…?」
訝しげに呟くシンタロー。
彼等の前に在ったのは、合わせ扉と思しき壁であった。
不思議なのは、土の地底に在りながら、両の扉とも目線の高さほどに剥き出しの金属部が光っていることだ。円形の窪みを囲むように、配線や配管らしきものが見えた。
機械に疎いシンタローには詳しい構造は解らなかったが、少なくとも近代的な世界に生きてきた彼が、見た事のない類には違いなかった。
「何だ、こりゃあ……ん?」
ふと足元に気付くと、パプワとチャッピーが扉を押したり引いたりしている。
「シンタロー、開かないぞこの扉!」
「あんたらに警戒心はないのかッ!」


「───…ッ」
彼等のやり取りの横で、は身を抱いた。
円形の窪み…まるで扉の目玉のようなそれと目が合った瞬間、彼女の身体に震えが走ったのだ。

──この扉……

己の意思を無視して、引き付けられる感覚。
畏れと、期待。
知らず、の足が一歩前へ出た。



、チャッピー!何やってんだ」

シンタローの声に、我に返る。
「くぅ…ん」
隣では、チャッピーが何か言いたげな目で、扉とを交互に見ていた。
「──チャッピー」
「わぅ〜ん」
彼の肉球が指したのは、首に飾った青い石。
吸い寄せられるように、二人の目線はの胸元へと移った。
赤い珠と、青い石。
とチャッピーは顔を見合わせ…もう一度、扉を振り返った。

「おぉい、二人とも!行くゾ!」
再び、焦れた声に引き戻された。
前方で、シンタローが手招きをしている。
「…行こうか、チャッピー」
「…わぅん…」
今は、目の前の問題が最優先だと思い出し。
未だ扉に心を残したまま、とチャッピーは背を向け駆け出した。




「くーん…」
地上への崖を登る最中も、チャッピーはに不安気な目を向けた。
「うん…何だったんだろうね、アレは…」
モッくんに背負われたが、同じ表情で答える。
、もーすぐ地上だゾ」
パプワの声に振り返る。
真っ直ぐな瞳と目が合い、上を向けば太陽の光が差し込んでいるのが見えた。
目線を戻せば、チャッピーはパプワの隣ですっかりご機嫌だ。

(──パプワくん)
また気を遣ってくれたのだと気付き、は軽く首を振った。
先程までの思考を、半ば強引に引き剥がす。
「本当だ、もう少しみたい。ありがとう、モッくん!」
「はっはっは。なーに、お安い御用ですよ。マドモアゼル」
(──パプワくんも…ありがとう)
口に出して言えば、何のことだ、と返ってくるのは明白であるから。
心の中で、は小さな背中に呟いた。



「到着ーーーッ!」
頭上から、先頭を行くシンタローの声。
「あ、着いたみたい」
思わず、は上を見上げた。
眩しいほどに降り注ぐ、太陽の光。
そして──

「──……あ…」
「─さん?」

見上げたまま硬直したに、モッくんが振り返る。
彼女の黒い瞳が、驚愕と畏怖に見開かれていた。
の瞳に映ったもの…
金色の日差しに一筋の、異質な光。
縁に手を掛けたまま動きを止めたシンタローも、同じ光を見ていた。

──青い光。


先頭で止まったシンタローの更に上から、深い声が降った。

「お帰り坊や!──パパだよ」









MENU