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カミセさん。ターメリックを取って頂けますか?その黄色の小瓶です」
「あ、ハイ。どうぞ」
「ありがとう」
にっこりと微笑むマジック総帥。
つられて、カミセもにこりと笑う。

パプワハウス、厨房。
ビーフとスパイスの香りが交じり合い、鼻腔を擽る。
何がどうしてこうなったのか、カミセはシンタローの父、マジックと肩を並べ、カレー作りに勤しんでいた。

「和気藹々とカレー作ってんじゃねーよッ!」
シンタローのツっ込みが入る。
二人は手を止め、苛立ち加減の彼を振り返った。
「男のヤキモチはみっともないよ、シンちゃん」
「違ーう」
絶妙な掛け合いのタイミングは、矢張り親子と言うべきか。
カミセは、傍らの男を見上げた。
シンタローの父親であるというこの男は、彼とはあまり似ていなかった。丁寧に撫で付けられた金色の髪は、シンタローの黒髪とは対称的だ。
そして、どこか人を惹きつけるシンタローの顔つきと違い、マジックには人に畏怖を植えつける雰囲気があった。それが何から来るものかも、カミセには解っている。

─彼の持つ、二つの青い瞳─

空の青とも、海の青とも異なる、異質な光。
先程、初めてそれを見た時、カミセの身体に凍りつくような震えが走った。
彼に見据えられたミヤギとトットリの、怯えた瞳を思い出す。
彼等を逃がしたシンタローすら、頬に一筋、冷や汗が伝っていた。
─そう。
“あの”シンタローすら、反抗こそすれどマトモな勝負を挑もうとはしない。
つまり、マジックという男はそれ程の存在なのだ。
──しかし。

「まったく…あまりワガママばかり言うものではないよ、シンタロー」
「ッ俺は……ッツ」
「秘石を持ち出してガンマ団から逃げ出し…それが何になる?──君のしている事は、ただの子供の我が侭だ」
「───…ッ!」
彼の叫びを悉く受け止めて流すマジックの態度は、父親のそれなのであろう。
赤子の手を捻るが如くの扱いではあるが、シンタローを見る時だけは、彼の眼光がほんの僅か和らいで見える。
シンタローは、それを認識しているのか、否か。


『思い知らせてやりたかったんだ……親父に』

いつか星空の下で聞いた、シンタローの話。生まれ育った場所を、自ら抜け出した理由。
─大切なものを捕らわれる気持ち。
弟を幽閉された彼の苦しみと同じものを、父親にもわからせたかったのだとシンタローは言った。
他人はそれを、憎しみだと言うかも知れない。
だが、肉親という存在、しがらみと言うもの、それら全てを知らぬカミセには、視えたのだ。
シンタローの、マジックに対する感情が、憎しみとは違うものであると。
カミセは思う。
─彼は、きっと……

「───あのッ」
「何かな、カミセさん?」
割って入るように口を開いたカミセに、マジックが意識を移した。

『助けてやりてぇんだよ』

夜空の彼方に弟を想ったシンタローの言葉が、耳に響く。
カミセは、畏れを堪えて青い瞳を見据えた。
「─シンタローさんの行動は…ワガママなんかじゃなくて、きっとシンタローさんは…」
カミセ!」
シンタローが、諌めるように遮る。“余計なことは言うな”と語るその目。
はっと、カミセは口を噤んだ。
その言葉は、自分が言うべき言葉ではない。
「あ……──ごめんなさい」
カミセの想像が正しければ、尚のこと。
“それ”は、シンタロー自身の口から伝えられねば意味を成さないのだ。

「──カミセさん」
マジックが、長身を屈めてカミセと目を合わせた。
とは言え見上げるほどの威圧感に、カミセの身が僅か固くなる。
「息子を気遣う気持ちは父として有難いですが…これは、我が家の問題だ」
柔らかな声音とは裏腹に、彼の目が笑っていないのをカミセは見た。
「──ハイ…」
搾り出すように答えて、俯く。
怖いのもある。
己の軽率な行動に、合わせる顔がないのもある。
だが、それ以上に……

「ところで…カミセさん」
沈黙を破ったマジックの声に、カミセが顔を上げる。
青い瞳と、目が合った。
次の瞬間、彼の目線はカミセの胸元へと移った。
「──素敵な首飾りですね」
言って、赤い珠にそっと触れる。
「これを……何処で?」
感情のない視線が、カミセを見据えた。
「あ、あ…の、私………」
答えようとするが、上手く声が出せない。
青の秘石眼が、じっとカミセの言葉を待つ。

「──どーだっていいだろ!ンな事は」
場の緊張を解いたのは、シンタローの声だった。
「わざわざ女口説きに来たのかヨ?クソ親父」
憮然とした顔で、父親を見据えるシンタロー。

(──シンタローさん)
意思の強い瞳と声。カミセの緊張が解けた。
すうと、小さく深呼吸をする。
「…マジックさん──あの、」
「ッカミセ…」
無理に言う必要はない、と言おうとしたシンタローを、カミセが柔らかな微笑で振り返る。
─ありがとう、大丈夫。と告げる瞳。
偽りのない笑顔。
一瞬目を奪われ、その笑顔に何かを思い出す。

──花見の夜だ。

あの夜の…カミセの笑顔。
あれは─…
シンタローは、微かな舌打ちとともに目を逸らした。

「私…記憶がないんです」
「──ほう」
マジックの瞳が、興味深げにカミセを捕らえる。
デリケートな事実を、芯の通った声で告げるこの少女。

──なるほど。
マジックは心の中で頷いた。
先程の、カミセを庇うシンタローの言動。
嘗てのシンタローは、コタロー以外の他者に配る心を持ち合わせてはいなかった。
(変えたのは、あの少年と──…この少女、か)
マジックの眼光が、一瞬鋭さを増した。

「これは…この島に流れ着いた時、唯一私が持っていたものなんです」
鋭さを増したマジックの瞳に、石に意識を移したカミセは気付かなかった。
彼女が再び顔を上げた時、マジックの表情は元に戻っていた。
「そうですか…。言いづらい事を聞いてしまいましたね。申し訳ない」
外交用の穏やかな顔で、マジックは腰を折った。
「いえ」
カミセが笑顔で首を振る。
その笑顔に応えるように、マジックも上品に微笑んだ。

「──さて」
くるり、と厨房へ向き直るマジック。
「カレーが出来たようだ。昼食にしよう」
大鍋から、食欲をそそる香りを帯びた湯気が立ち上っている。
「わーい。メーシ、飯」
「わーう、わう」
「結局食うのかよ…」
跳ね回るパプワとチャッピーに、げんなりとうなだれるシンタロー。
「折角なんだもの、頂こうよ。お父さんのカレー、美味しそうだよ」
皿を持ったカミセが、振り返って笑う。

(─さっき泣いたスズメが何とやら、だ)
すっかり笑顔のカミセに、シンタローは思わず苦笑する。
「ま…俺も人のコト言えねーか」
自嘲気味に呟いて、シンタローは腰を上げた。







 

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