「よう来たの」
聖獣は、岩のような掌をの頭にそっと乗せた。
「──ヨッパライダーさま…」
遠慮がちに、は呼び掛けた。
だが花見の夜と違い、その声には強い意志が感じられる。
「うむ」
ヨッパライダーは、ゆっくりと頷いた。
「─さて…何から話そうかの──」
遠くを見つめ。
再びに視線を戻すと、聖獣は静かに語り始めた。



はるか昔──
パプワ島は、一つの大きな島であった。
だが時の流れとともに、島は徐々に沈んで行き、幾つかの小島となっていった。
そして遂に、パプワ島と一つの小島を残すのみとなった─



「お主は、そのもう一つの島に住んでおった。パプワとともに」
聖獣は昔話の最後に、の名を出した。
「パプワくんと同じ島に…」
は、ヨッパライダーの言葉を反芻した。
パプワが生まれた島の存在は、彼から聞いた事があった。
確か、赤子の頃にチャッピーと一緒に流れ着いたという話だった。
「─じゃが6年前、とうとうその島も沈んでしもォた」
ヨッパライダーは、懐かしむように続けた。
「まだ赤子であったパプワは、チャッピーとともにこのパプワ島へ流れ着いた。じゃが…」
一旦言葉を切り、を見つめる。
「─お主の行方は、その時から途絶えてしもォたのじゃ」

「途絶え、た…?」
が聞き返す。
ヨッパライダーは、申し訳なさそうに腰を落とした。
「島が沈んだ時、お主はパプワに付いて島を出たものじゃとばかり思うておった。じゃが、近海を幾ら探しても、お主の姿はどこにも見当たらなんだ…」

「──じゃあ…6年の間私が何処に居たのかは、解らないのですか…?」
の問いに、ヨッパライダーはただ深く頷いた。
あれ、とが首を傾げる。
「では…何故、私の事がお分かりに…?」
6年も経てば、容姿や体格も変わる。
ヨッパライダーの知っていたに似ていたとしても、本人だとは限らない。
「その首飾りじゃよ」
ヨッパライダーは、赤い珠を指差して言った。
「それは、お主が肌身離さず身につけていたもの。ワシもようく知っておる」
がパプワ島に流れ着いた時から身につけていた、唯一の手掛かり。
彼女の細い首には些か大振りな赤い珠は、何処に居ても目を惹く。
は、珠をそっと手の平に乗せた。
「これは…一体何なのですか…?」

ヨッパライダーは、指先でそっと珠に触れた。
「──この珠は、秘石を模ったもの」
「…秘石…」
──秘石。
チャッピーの石(正確にはシンタローの家のものだそうだが)を見て、マジックが同じ言葉を言っていた。
「─そう。赤の秘石じゃ」
ヨッパライダーの答えに、の瞳が大きく見開かれる。


─赤と青の二つの玉を手に入れたる者こそは
覇王として君臨する力を手に入れる事が出来るだろう─


「これが……赤の秘石…」


─『青い玉の伝承者。それが私です』─

の耳に、昼間のマジックの言葉が響いた。



「その首飾りは、巫女の証なのじゃよ」
ヨッパライダーが、呼び掛けるように言った。
の意識が、再び聖獣へと戻る。
「…巫女…?」
ヨッパライダーは頷くと、背筋を伸ばした。
「そう…。、お主は赤の一族の巫女たる存在」
「赤の、一族…」

赤い玉の一族。
青い玉の一族。
ヨッパライダーの言葉が、マジックの話とリンクする。

「──パプワ島は」
ヨッパライダーは、海の向こうを見遣った。
「この島は…、この世界に残った最後の聖域じゃ」
もう一度、の方へ向き直る。
「我等赤の一族は、長い長い間、この聖域を守ってきた。、お主もその一人じゃよ」
は、じっとヨッパライダーを見つめている。
ヨッパライダーは、やんわりと笑んだ。
「──ここが、お主の故郷じゃよ。や」

「私の…故郷…」
確かめるように、少女は呟いた。
この島に流れ着いてからずっと、探していた答え。
「焦らずとも良い」
聖獣が、の頭を撫でた。
「今は、お主が帰ってきただけで…ワシらは、それだけで十分じゃよ」
幸せそうに、眼を細める。
「よく…帰ってきてくれたのう…」

「──ヨッパライダーさま」
記憶にない事実。
けれど、自分がここに居る事を、喜んでくれる者がいる。

探していた、もう一つの答え。

──私は、ここにいても良いのでしょうか?

それを聞くのは、この場では野暮でしかなかった。
下を向き、もう一度噛み締めて。
「──…ハイ」
は、照れ臭そうに微笑んだ。









MENU