「行ってしもうたかいの」
背後から掛けられた声。
振り向きもせず、ヨッパライダーは一口煽った。
「見ておったんか。カムイよ」
「いいや、ワシは今来たところじゃよ」
フクロウの霊体が、目を細めて答えた。
「あの子が来たのは、お主が動いたので気付いておったがの」
ほっほ、と愉快そうに笑う。
「何じゃ、嬉しそうな顔をしおって」
軽口を叩きながら、羽の先でヨッパライダーの頬をつつくカムイ。
「煩いわい。これが喜ばずに居られるものか」
口調とは裏腹に笑顔を宿したヨッパライダーが、酒をもう一口含んだ。
お主もやるか、と勧めると、それじゃぁ、とフクロウが応じた。
「目出度い席じゃからのォ」
ほっほ、と笑いながら、フクロウはちびりと盃を傾けた。
「──時に、ヨッパライダーや」
半ばほど盃を空けたところで、カムイが問う。
なんじゃ、とヨッパライダーが酒瓶を煽る。
「あ奴の事は、話したんか?」
ぴくり、とヨッパライダーの眉が跳ねた。
「──話したわい」
一拍の後、ヨッパライダーは憮然と答えた。
「…は、覚えておらなんだがな」
「ヨッパライダーさま。私はこれから…どうするべきなのですか?」
己の正体を知ったが、ヨッパライダーに問うた。
守り神は、ゆっくりと首を横に振った。
「今まで通り、パプワと仲良うしてやっておくれ」
の眼が、二三瞬いた。
「お主自身が健やかで、島の者と日々触れおうて日々を過ごしておる。それが一番なんじゃよ」
ヨッパライダーは笑い、それに。と付け加えた。
「パプワはしっかりしておるが、まだ年端もいかぬ子供。ヒトの友達は、あの子にとっても貴重じゃ」
そう言っての頭を撫でるヨッパライダーに、は更に問うた。
「それじゃあ…赤の一族のヒトは、パプワくんと私だけなのですか?」
それは真実を知った上の、純粋な疑問だった。
ヨッパライダーはこの会話の中初めて、一瞬の躊躇を見せた。
「いや…あと一人、番人がおる」
隠しても仕方なし、と守り神は口を開いた。
番人?とが繰り返す。
「うむ。この島を…赤の一族を、遥か昔より守ってきた男じゃよ」
自分と同じ『ヒト』の存在に、興味を示したのだろうか。それとも。
の瞳が、僅か見開かれた。
「その人は…今どこに?」
その声が僅か震えていると感じたのは、ヨッパライダーの先入観だろうか。
守り神は、に目線を合わせるように腰を落とした。
「─この島におるよ。今は…理由あって、パプワやお主達と会う事は出来ぬがの」
安心させるように、やんわりと笑う。
そうですか、とは頷いた。
「時が来れば、いずれ会う事もあろう。─同じ赤の一族なのじゃから」
「…そうですね」
納得したように、もまた微笑んだ。
「あ奴とて解っておろう。今会えば、は混乱する」
盃に映したヨッパライダーの眉根に、僅かに皺が寄る。
「─まぁ、妥当な判断といったところじゃの」
顎をさすり、カムイは短く同意した。
が、直ぐに目を細め、うぅむ、と唸る。
「しかし、あの子の記憶は…」
「──うむ」
カムイの言葉に、ヨッパライダーは酒瓶から最後の一口を煽った。
「─…ぷはぁ」
酒混じりの息を吐き出し、のしり、と立ち上がる。
からん、と空の酒瓶が音を立てた。
「動ける範囲で調べてみるわい。──ちと、嫌な感じもするでの」
ほうか、とカムイが応じる。
「どれ、ワシもひとつ、老骨に鞭を打ってみるかいの」
「骨のない身が何を言うとる」
軽口を叩き合い、聖獣とフクロウは夜の海へ去って行った。
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