七月七日。
朝食を済ますや、シンタローは笹と紙切れを相手にせっせと何かを拵える作業に没頭していた。
『日本に帰りたい』だの『コタロー命』だのと書かれた紙切れたちは、何かのまじないのようにも見える。
「シンタローさん、何してるの?」
が問う。
「ああ、これは─…」
答えようとしたシンタローの目前で、パプワたちが笹を剣山に刺そうとしていた。
「生け花!生け花!」
「こらこらこらーッ!」

「これは七夕といって、日本の伝統行事なのッ!」
観念したシンタローが説明を始める。
願い事を書いた短冊を笹に吊るすと願いが叶う、という言い伝えらしい。
「なーんだ、パプワ島の七夕と違うのか」
「わーう」
再び短冊を書く作業に没頭しているシンタローの背後で、パプワが呟く。
「パプワ島にも七夕があるの?」
が尋ねる。
「あるゾ」
得意げにパプワが答える。
こいこいと手招きされ付いて行くと、シンタローに聞こえない位置でパプワは、パプワ島の「七夕」について話し始めた。


「─そうなんだ…!すごいね」
感嘆の声を上げる
シンタローには内緒だゾ、とパプワとチャッピーが扇子で口元を隠した。
はシンタローをちらり、と振り返った。
せっせと短冊を書く後姿は、とても幸福そうだ。
「──うん。わかったよ」
ほんの少しの後ろめたさを感じつつも、は自分の口に指を当て、頷いた。



「──会いたい人、か」
洗濯物を広げて干しながら、はぽつりと呟いた。
知らず、溜め息が零れる。
「浮かぬ顔だな」
ふと、背後から掛けられた声。
振り返れば、が樹の枝から音もなく飛び降りた。
さん」
「何やら憂いているようだったが」
半ば無自覚の行動をぴたりと言い当てられ、は僅かばかり狼狽する。
一つ息を吐くと、持っていた洗濯物を足元の籠に戻し、に向き直った。
「─さんは、七夕って知ってますか?」
「無論」
日系ブラジル人であるは、日本の風習にも通じていた。
味噌汁の味付けについて、シンタローと語り合っていたこともあるほどだ。
即答したに、はさっきパプワから聞いた話をし始めた。
「パプワ島にも、『七夕』があるそうなんです」
「ほう─」
が頷きかけたとき。

「詳しく聞かせろ!」

家の前から、シンタローの焦りを含んだ声が響いた。
見ると、シンタローはイトウに掴み掛かっている。
いつもの光景といえばそうだが、先程の声は尋常でない響きを含んでいた。
は思わず、止めに入ることもせず、一連の光景に見入ってしまった。
やがて。
「───」
何事か呟いたシンタロー(口の動きから察するに、「俺も行く」だろう)が、仕掛かりの洗濯物を置いて立ち上がった。
手も拭かず、そのまま全速力で走り去っていく。
余程余裕がなかったのか、彼はへ声すら掛けなかった。
「「待ってェ〜」」
その後ろを、イトウとタンノが慌てて追っていった。

「───」
その後姿を、は形容し難い表情で見つめていた。
には、どこか思いつめたものを含んでいるように見える。
「良いのか」
「え…?」
が問うと、ははっと我に返ったように振り返った。
「彼らが気になるのではないか」
簡潔に続けると、は考え込むように下を向いた。
「─わたしは…」









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