陽は西の空へ傾き、もう直ぐ暮れようとしていた。
をおぶったが、来たときと同じように、ざくざくと崖を歩いて降りていた。
結局、少女はイッポンタケの言う通り、何も聞かずに其処を後にした。
パプワとチャッピーは、がイッポンタケに会う前に、山を下りていた。
頂上から引き返し始めてから、二人の間は沈黙が支配していた。
「さん」
いつも、声を掛けるのは彼女からが多いなと、は思った。
「何だ」
来たときと同じ会話だ、などとは思い返した。
ただ、あのときと今とでは、彼女の声のトーンが違う。
今の声は──何かを、決意した者のそれだった。
「さんは…ヒトを殺す仕事を、していたのですよね」
少女の生活には縁遠い単語を、さらりと彼女は口にした。
「ああ」
簡潔にが答える。
隠していたことではない。むしろ、直接的ではないにしろ、会った初日に己から明かしたことだ。
「─もしもの話、ですけど」
歯切れは良くないが、少女の声は凛としていた。
「──私が」
ああ、とは内心で誰にともなく息を吐いた。
「私が…パプワ島にとって良くない存在になってしまったら、その時は─」
──そのときは。
「わたしを、殺してください」
「承知した」
幾許かの、沈黙の後。
は、承諾を示す音節を口にした。
彼女が突然、こんなことを口にする理由は解らない。
だが、には見えないところで、彼女は何かを見、また何かを思った。それだけは確かなことだった。
「─すみません。こんなこと」
背中から、の謝罪の言葉が聞こえる。
声は、いつもの彼女の調子に戻っていた。
「彼らに頼めることではなかろう」
背中の重量が、ぴくりと揺れた。
パプワとシンタロー。
一緒に暮らす彼らが、記憶のないこの少女にとってどれほどの意味を持つのか、には正確な把握は不可能だった。
だが、想像はつく。
「気に病むな。俺ならばそれが出来る。そう思ったのだろう?」
「──はい」
謝る訳でもなく、少女は、凛とした声音で返事をした。
こつんと、何かがの肩に当たった。の額だった。
俯いているのだろう。
小さく、声を噛み殺す音が聞こえた。
「ただ」
ぽつりと、は言った。
背中のが、顔を上げた。
「結論を急がない方がいい」
は、黙って聞いている。
「この島での君の暮らしは始まったばかりで、まだ何かが終わった訳ではない」
瞬きの音が、の耳元に聞こえた。
さらりとした黒髪が、首筋に触れた。
「───はい」
答えた少女の声は、震えていた。
「─ありがとうございます。さん」
夕暮れ時。
出会って長いとは言えない少女と男の間に、契約とも呼べそうな約束が一つ、交わされた。
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