夜明け前。
は、多くはない私物をまとめ、長らく寝床として使ってきた樹に別れを告げようとしていた。
─別れるのは樹、だけではなく……
『シンタロー。私と一緒に日本へ行くか』
己の上司、ハーレム隊長の双子の弟であるサービスがそう口にしてから、未だ丸一日も経っていなかった。
「──潮時、だろうな」
森の奥、サービスが乗ってきたヘリが停まっている方角を見やり、目を細める。
元々、に命ぜられたのは、パプワ島におけるシンタローの動向に関する偵察任務であった。
無論、それに付随して、島自体の調査も含まれてはくる。
だが、主だった対象であるシンタローが島を出ようとしている今、がなおも島に残る理由はほぼないと言っていい。
シンタロー達がヘリを使うなら、こっそり相乗りして島を出ることなど、特戦部隊でありシノビでもあるには、造作もないことだった。
「うむ」
一人頷いて、手早く荷物袋を背負う。
程無く夜が明け、パプワハウスから人の出る気配がした。
シンタローが一人、何とも言えぬ顔つきで、ヘリの方へと森を歩いて行く。
「───」
最早、呟く言葉すら必要なかった。
シンタローの姿が視界ギリギリまで遠ざかるのを待って、音を立てずに樹から飛び降りる。
──と。
「森トンカツ、泉ニンニク」
「かーコンニャク、まれテンプラ」
聞き馴染みの深い、愛らしい二つの歌声と共に、見知ったナマモノ二匹が斜め前方の茂みから出てきた。
丁度、シンタローの後を追おうとしていたと、鉢合わせの形になる。
「───…」
「あっ、くん」
「やーほー」
うっかり、咄嗟に身を隠すことを忘れ立ち尽くしたに気付いたエグチとナカムラが、嬉しそうな声を上げる。
「………お早う」
こうなっては仕方なく、は挨拶を返した。
シンタローの姿は、既に視界から消えている。
「ねーねー、くん。昨日はどこにいたの?」
「皆で探したんだけどねー、くん見つからなかったの」
二匹が首を傾げて問う。
昨夜はパプワハウスで、シンタローとの最後の晩餐とでも言うのだろうか、島中の者が集まって賑やかなことになっていたのは、陰から見ていたも知っていた。
は、ふ、と笑みを零し(傍からは無表情にしか見えない)、
「ああ。夕餉の食材を調達していた。戻った頃には、もう皆帰った後であった故」
穏やかな(聞いている者には抑揚のない声である)声で、そう言った。
ふうん、と二匹が鼻を鳴らす。
はちらり、と森の奥の方へ目線を遣った。
目標はすっかり見失ってしまったが、彼の向かう先は把握している。今からでも追いつけぬことはない。
「ねえねえ、くん」
と、エグチがの服の裾をくい、と引いた。
「む」
が振り返る。
見下ろしたの目を、エグチとナカムラがじい、と見つめた。
「くん、どこかへ行くの?」
己が目を見開いたのだとが気付いたのは、瞬きを済ませた後だった。
「──何故?」
平静を装って問い返すと、あのね、と二匹は口を開いた。
「シンタローさん、サービスおじさんとニホンに帰るんだって」
「それで、昨日はくんいなくて」
「「僕たち、もしかして、くんが…」」
「───いや。」
二匹が続きを言うより先に、が否定の文節を滑り込ませた。
「俺は、今日もこれまでと同じく、ここに居る」
そう言って頭を撫でてやると、エグチ、次にナカムラが、それぞれの左右からぎゅう、としがみついた。
「くん」
「これからも、僕たち友達だよね?」
は一度、空を仰いだ。
朝焼けがそろそろ、青空へと姿を変え始めていた。
口の端を微かに歪め、一つ小さな息を吐いた。
「──もし」
が、二匹の頭にそれぞれ両手を置いて、答えた。
「この先、君たちと離れることがあったとしても。それは変わらぬ」
エグチとナカムラが顔を上げ、わあい。と今度は喜びの感情と共に、再びにしがみついた。
こうして。
シンタローが島を去ったこの日、ガンマ団特戦部隊が一人、氷使いのは─次の命が下されるまで、という期間付きではあるが─ただの、コーヒーと動物をこよなく愛する30歳日系ブラジル人へと─更に言えば、精神的ニートへと、成り下がった。
──Yes, I'm bad guy.
→
MENU