「シンタローさんッツ!!!」
アラシヤマ、イトウ、タンノの三者が、スーパーダッシュでシンタローに駆け寄る。
が、彼らの身体はシンタローに触れることなく─正確には、それをすり抜けて─見事に、顔面から砂場へ着地した。
「悪ィな、俺ユーレイなんだ」
爽やかな笑顔で言い放つシンタロー。
確かに、よく見れば、彼の身体は半透明気味に透けており、その輪郭は心なし薄ぼんやりとしている。
そして何より、その頭上に浮かぶ金色の輪─も物語の中にしか見たことはないが、所謂『天使の輪』と呼ばれるものと思えば説明はつく─が、彼の言葉に真実味を与えていた。

「カムイに連れて来てもらったんだ」
そう言うシンタローの背後には、大きなフクロウの、これまた幽体がふよりふよりと浮かび、パプワに親しげに呼びかけている。
「じいちゃ!じいちゃ!」
パプワとチャッピーが、嬉しそうにフクロウの幽体に駆け寄る。
三者はそれぞれ種族が異なるものの、その様はまるで仲睦まじい親子のようである。
いつだったか、は島のナマモノに聞いたことがあった。
パプワには、今は亡き島の長老である、育ての親がいたのだと。
成る程あれが、とは一人頷いた。

「じゃあ、おめの体は、まだ日本にあるんだべか?」
意外にも、この状況で─を除けば─最も冷静である様子の東北ミヤギが、未だ信じ切れない、という視線を遠慮無く向けながらシンタローに問う。
シンタローはううん、と軽く唸った後、
「それがよォ…変なことにもう一人いるんだよ」
そう言って、サービスと共にパプワ島を去ってから今までの経緯を、かいつまんで話し始めた。


サービスに連れられた先には、マジックが待ち構えていたこと。
騙されたことに憤りながらも、しかしそこには最愛の弟もまた居ることを知った彼が、無我夢中で隔離されたコタローの部屋を探し当てたこと。
そして、そこで起こった、親子の悲劇──

さらに、コタローの放ったガンマ砲に胸を貫かれたと思った次の瞬間、己の中にもう一人、誰かの声を聞いたこと。


「─で、その声の主に体から追い出されちまって…」
一連の出来事は、今や幽体となったシンタロー本人の口から、しかし重い空気は一切纏わせず、いつもの、食事時の団欒話と同じ口調で語られた。
パプワを除く一同は、狐につままれたような顔で、言葉を発することもない。
言うべき言葉も見つからないのだろう。
「シンタローさんや」
カムイが声をかける。
「お、おお。そうだったナ」
シンタローがはっとして振り返る。
固唾を飲んで見守る皆、そしてパプワの方へ、片手を軽く上げて。
「そんな訳だからヨ。俺ちょっと、もっかいあっちに戻って様子見てくるわ」
それは、森へ昼飯の材料を捕りに行くときと同じ調子で。

「動じんのだな」
一言だけ、は問いかけた。
数え切れない命をこの手で奪ってきた自分だが、己が死ぬということに関しては、覚悟は常にあれど実感などない。
同じく暗殺を生業としてきたシンタローとはいえ、父であるマジック総帥の過保護により、真に危険を伴う任務に就かせられることはごく稀であったと聞く。
まして、この一年という時間を、この和やかな島で平和に過ごし、人らしさを取り戻していた彼のこと。
ユーレイとなった今も、意識も存在もはっきりと有るとはいえ、よりにもよって最愛の弟によって、自分の肉体を一度失うという経験が、どれほどの衝撃であったのか。
「………」
シンタローは、の言葉に、苦笑交じりの表情を一瞬だけ消して。
「うーん…何つーか、サ」
ぼりぼりと、曖昧な表情で後ろ頭をかきながら、
「なっちまったモンはしょうがねえっつーか…──その、なんだ」
少しだけ、照れくさそうにぼそりと呟くように言葉を探すと。

「逃げてても、どーにもなんねえしナ」


─逃げるのはもう、止めにします。


それは、いつか聞いた少女の言葉に、よく似ていて。

「──そうか」
「!?な、何だヨ急に!気持ち悪ィな!!」
思わず微笑んだの表情に、半ば驚愕、半ば抗議するように、シンタローが言い返す。
否。とは短く応じた。

「ま、まあ。とにかくそういうこったから!行くゾ、カムイ!」

ぐるり、と踵を返すシンタロー。
それを先導するように、フクロウがゆったりと飛んで行く。
その背中を見送りながら、ふむ。とは一言頷いた。
どうした?とパプワが下から問う。
「──いや、なに」
は、少年と目線を合わせ。
「幽霊も、赤面するものなのかと思ってな」
真顔で答えると、少年と犬が可笑しそうに笑った…ように見えた。








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