「・・・先客か」
洞穴から漏れる光を見止めて、男は呟いた。
急に降り出した雨は、暫く止む事はないだろう。
──読み間違えたか。
未だ山に慣れ切っていない彼は、一人頭を掻いた。
折角の獲物もこの雨では持ち帰る事すら叶わず、身体は既に全身が水分を含んで自重を増していた。
「仕方ないな。─この様では」
一つ諦めの溜め息を吐き、男はいつもの雨宿り場所へと足を進めた。
「─邪魔しても良いか?」
入ってきたのは、猟師と思しき風貌の男性だった。
雨に打たれた所為か、ややその顔はやつれて見える。蓄えた無精髭のため一目には年齢が測り難いが、少なくとも自分よりも一回りほどは上なのではないかとサルティは推測した。
「どうぞ」
控えめな声で男を促す。軽く頷くと、彼は中へと入ってきた。
大分濡れたのだろう、足跡とともにぽたぽたと滴が落ちて行く。
「すまないな。─旅の人かい?」
どさりと腰を下ろすと、男はサルティを見て言った。
見た目よりも優しい声だ、と思いながら、サルティは小さく苦笑した。
「えぇ、そうなんです。急に降られちゃって・・・へへ」
「さいな・・・」
災難だったな、と男が口を開きかけた時。
『誰かさんがトロくさい所為でな』
サルティの言葉にツッコミを入れるが如く、絶妙のタイミングで指輪が毒づいた。
「何ですってぇ!」
条件反射で怒鳴り返したサルティに、びくり、と男の肩が揺れる。
この指輪の“声”、持ち主以外には聞こえない仕様になっているらしい。
「・・・え、俺、何か言ったかな・・・?」
疑問符と冷や汗を浮かべる彼の言葉に、は!とサルティはその動きを止めた。
「い、いいえぇ。何でもないんですのよ、おほほ」
『ナニが“おほほ”や、気色悪ぅ』
「アンタはいちいちうっさいのよ!」
常の癖でつい言い返すサルティ。男は更に後退した。
「・・・・・・・・・え?・・・っと・・・・・・・・・」
「あ、あら。ごめんあそばせ」
お互い冷や汗を垂らして見詰め合う。
ただしその量は、サルティの方が数倍多い。
一介の猟師と旅人の穏やかな一時は、一転して気まずい雰囲気に成り果てた。
「─ええと・・・そ、それじゃ、俺はこれで」
「へ?あっ・・・・・・」
思わず伸ばした手は空しく宙を切り、そそくさと立ち去る後姿はたちまちの内に小さくなった。
『あーぁ、行ってもうたわ』
「アンタの所為じゃないのよーッ」
洞穴の中に、少女の叫び声が木霊した。
「何だったんだろう、さっきのは・・・?──お」
首を傾げつつ雨上がりの泥土を踏みしめていた男は、視界の隅に何かを見つけて立ち止まった。
夕立が晴れたばかりの森の木々には、葉という葉に滴が光り、向こうの山には大きな虹が架かっていた。
「久しぶりに立派なのを見たな」
先程の疑問など忘れてしまったかのように、満足げな顔で彼は再び歩き出した。
「どーしてくれるのよ!思いっ切り変な目で見られてたじゃないッ」
『そら自分がけったいな女やからやろ』
「だからアンタの所為だっつーの!!」
晴れ渡る青空に架かる巨大な七色の橋を少女が目にするのは、しかしもう少し後のこと。
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