2.老伯爵の依頼



 穏やかな日差しの降り注ぐ、冬の終わりのある日。
 神聖王国騎士アルフリード・モーゼルは、フライブルク宮中伯レオポルトの招待を受け、王都フェルゲンの一角に位置する伯の邸宅を訪れていた。歴戦の名将として、また類稀なる人格者として尊敬を集める老伯爵は、かつての部下を暖かく迎えた。
「良く来てくれた。…少し、背が伸びたか」
「…どうですかね」
 若き騎士は苦笑した。
「今年で24歳、流石にもう伸びんと思いますが。──閣下にはお変わりなく」
「なに、年々魔女の釜の底で煮られる日が近付いておるさ。
 ──楽にすると良い。茶でも淹れるとしよう」
 生粋の武人たるレオポルトの、ささやかな道楽が喫茶である事を思い出して、アルフリードは再び苦笑した。
 手際良く淹れられた紅茶の味は、記憶に残るそれより僅かに甘く感じられた。
 半分ほど飲み干した辺りで、老伯が口を開いた。
「──アルスタットの事は、覚えておるな」
 アルフリードは頷いた。
「初陣でしたから。…もっとも、俺は見物してただけですが」

 10年前。当時のエスマルク公コンラート以下、公家の血縁者及び重臣の大半が殺害され、公都アルスタットの象徴たるノイエンドルフ城が炎上・倒壊するという事件が発生した。
 宗主国たるエステルランド王国は、「保護下にある公国の治安回復」を名目に出兵を可決。無政府状態に陥った公国領を制圧すると、公国の併合を宣言した。この時、派遣軍司令官を拝命していたのが他ならぬレオポルトであり、当時14歳のアルフリードも、司令部付従卒として主君に随行していた。
   戦闘らしい戦闘も無く公都の制圧が完了したため、殺す事も傷付く事も無く終わった初陣だった。だが、その後経験したどの戦いよりも鮮やかな色彩で、記憶の画廊に飾られている。

「…で、アルスタットが何だって言うんです?──確か…」
 感傷を引き剥がすように、素っ気無い口調で返した。
 レオポルトは頷いて後半を引き取った。
「王室直轄領に編入され、カルテンブルナー男爵が代官を務めておる。──まだ生きておれば、だが」
 不穏極まる一言に、アルフリードの眉が跳ね上がった。
「…用件は昔話じゃない、って事ですか」
 老伯は再び頷いた。
「連絡が途絶して一週間が経つ。偵察に出した一個中隊も消息を絶った」
「……」
 一般に、偵察部隊は任務の性格上軽装であり、必然的に足も速い。索敵にも長けている。「消息を絶つ」こと自体、自国内ではまず在り得ない事態である。
「…道理で軍令本部がバタバタしてた訳だ。具体的な動きは?」
「常識的な対処、という奴だ。改めて二個中隊が派遣された。先日の例会では、一個軍団の派兵が検討されたとも聞く」
「それで何とかなると?」
「…彼らはそう考えておるのだろうな」
「だったら放っときゃ…」
 言いかけて、アルフリードは口を閉ざした。良かれ悪しかれ、彼のかつての主君は、それが出来ぬ人物であった。
 案の定、レオポルトは首を振った。
「状況は判らぬ。だがいずれにせよ、狂気の沙汰事には相違あるまい。軍勢は役に立たぬ。死体の数が増えるだけだ」
「…成る程」
 青年は、直属の部下でもない自分が、敢えて呼ばれた理由を悟った。
「…先行偵察は苦手なんですがね」
「威力偵察なら不得手でもなかろう?」
「否定はしませんが…何をしても構わない、そう解釈しますよ?」
「構わぬ。そうでなくては呼んだ甲斐が無い」
 穏やかな口調は変わらない。だが、歴戦の武人に相応しい果断な言葉だった。
 アルフリードは微笑した。
「ならば、存分に」









 

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