「い…いっやぁ〜♪ひっさしぶりじゃねーの、ちゃんv」
「日頃の疲れを癒すこともまた、時には必要であろう」
「……………気を落とすな」
ぽん。と、テーブルに突っ伏した黒い物体に、Gが手を置く。

「……………」
世にも珍しい、ガンマ団特選部隊の面々が雁首揃えて仲間を励ます光景。
だが、この世紀末的希少価値なシーンですら、今の彼の心には届かない。
ただ微動だにせず、母国の負けを報じるキャスターの声を背中に受けて。

「な、なぁ〜、そんな気ィ落とすなってば!今回は相手が悪かったって!」
「………健闘していた」
ロッドとGが、更に慰めの言葉を掛ける。
同じサッカー大国出身として、気持ちは痛いほど解るのだろう。
と…そこに。

「うぃーす。買出し行ってきたゼ、おっさんどもッ!」
ドアを蹴り開けて入ってきたのは、最年少隊員・リキッド。
10人分はあろうかという荷物をどさり、とテーブルに落とす。
「──…ったく!下っ端だからって毎回毎回パシりやがって…って、アレ」
ブツブツと文句を垂れる中に、買出し前にはいなかった人物を見つけ、リキッドの声色が変わる。
「─さんじゃないッすか!帰ってたんスか!?」
まるで飼い主の帰宅を待っていた犬のように、リキッドの顔が喜びに染まる。
明るい声に反応したのか、突っ伏していたがようやく顔を上げた。
「おかえりなさいっす!待ってたんスよ〜、俺!」
心から自分を待ち侘びていたような、純粋な笑顔。
「………リ…」
傷心に温かく染みた後輩の名を呼ぼうと、の口が開きかける。

「あッ!そーいや残念だったっすね!ブラジル負けちゃって!」


その瞬間、ラウンジの空気が凍りついた。


──文字通り、“凍りついた”。




「ぎゃーーーッツ!和みの空間が一転して氷河期にッツ!!」
「…我々の努力を無駄にしおって…」
「……………迂闊だ…」
一瞬にして、ラウンジが氷の空間と化した。
特選部隊隊員が一人、。ブラジル出身の日系人、齢三十。
──平静心を失うと周囲を凍らせる、特異体質の持ち主。
「え?え!?───えッもしかしてさん、そんなに気にしてたnち、ちょっとまッ…」
──断末魔の叫び。
ロッド、マーカー、Gの涙ぐましい気遣いを無に帰した下っ端リキッドは、三人の手で氷の樹海に埋められた。

「─とりあえず、この氷を溶かすか。少し熱いぞ」
血塗れの両手を拭うと、マーカーはリキッド周辺以外の氷に炎を放った。
「部屋は燃やすなよ、マーカー!──なァ、あんなヤンキー小僧の言う事なんか気にすんな……ってうをッツ!!」
ロッドの叫びに、他の二人も振り返る。
密林を物ともせず、体長10mのアナコンダをも容易く捕獲する能力を持つ男が───


───泣いていた。



「うぉッツ三十路男泣き!」
「ウザッ!!」
「………哀れだ」
初めて目にする彼の涙に、三者三様の反応。が、『鬱陶しい』という思いは皆共通している。
仕方がない。
──三十路男の本気泣き。
実際のところ、鬱陶しいことこの上ない。
「なァ、どーするよ、コレ…?」
対処に困り、小声で相談を始める三人。


──がしり。

「よゥ、!待ってたんだぜェ〜〜〜♪」
ハーレムが、彼の肩を抱いて立っていた。
「──…隊長」
上司に気付き、ようやく涙を止める。が、声に覇気はない。
「解るゼェ〜、オメーの気持ち!悔しいよなァ、悲しいよなァ」
「………うぅ……」
ハーレムの慰めに、治まりかけた涙がじわりと湧く。
「そんな時はァ、仕事に打ち込んで忘れちまうのが一番だ!もそう思わねぇか!?」
「──…はァ…」
失意のあまり、上の空の空返事。
隣で上司がニヤリ、と笑ったのにも気付かない。
「丁〜度いま、にピッタリの任務があるんだよなァ〜!いやもう、正に適材適所!俺様の人選感覚、アッパレ、フジヤマ、ゲイシャ!」
「──…はァ…」
「おッそーか!行ってくれるかァ〜?!流石、この俺が見込んだ男だぜ!んじゃ〜早速、準備すっかァ!」
「──…はァ…」
この喪失感を埋めてくれるならば、何であろうと甘んじて受けよう。
今のは、完全に普段の冷静さを失っていた。

「あっちゃ〜、隊長まった何か企んでるゼ。ヤバいんじゃないのォ、の奴」
「ならお前が代わりに行くか、ロッド」
「冗〜談!どーせロクでもない任務に決まって…おっと」
口が滑った、と手で覆う。
気付けば、とハーレムの姿はラウンジから消えていた。
「あっれ〜?ドコ行ったんだァ、二人とも」
「…………うむ」
──…と。

「何か…すッげ〜聞き慣れた音がする」
「………ん」
「──ミサイル庫、だな」

良く知る重低音と、微弱な振動。
思わず、三人は遥か遠く、それぞれの故郷の方角を見つめた。







 

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